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【岡本綾子 ゴルフの、ほんとう】Vol.887「技術が高まると表現方法が少しずつ変わってくるものです」

米国人以外で初めて米女子ツアーの賞金女王となった日本女子ゴルフのレジェンド・岡本綾子が、読者からの質問に対して自身の経験をもとに答えていく。

TEXT/M.Matsumoto

>>前回のお話はこちら


ドライバーショットを打つ瞬間、どんな意識を持てばいいのかという質問です。それは「叩く」あるいは「運ぶ」意識なのか。それとも単にボールが「当たる」とか「打つ」という感覚でいいのでしょうか。(匿名希望・HC1・47歳)


ドライバーショットの際、「叩く」意識で臨むのか、それとも「運ぶ」感覚かという難しい質問。

強いて答えるなら、わたしは「どちらでもない」ということになります。

まずドライバーは、飛ばすクラブであって運ぶクラブではありません。

運ぶクラブは基本的にはアイアンだと思っています。

また、昔から叩くという表現はありましたが、わたしには上からトンカチで叩くイメージに結び付いてしまうので、どうしても自分のスウィングには合わないのです。

ドライバーで叩くというと、ティーアップしたボールを上から強く打って、飛び出したボールが途中から勢いよく吹き上がっていく……というイメージが浮かんできます。

この話をしていて1990年代前半まで主流だった糸巻きボールのことを思い出しました。


スピン量が増えやすい糸巻きボールは、上からボールをつぶすという言い方もされていました。

しかし多重構造のボールに進化していき、クラブも構造や素材が進化して、ボールをつぶすという表現は聞かれなくなりました。

その点、わたしには当初からドライバーは叩くという意識も感覚もありませんでした。

わたしはそこまで上から下へ振っていくようなダウンブローで打つのではなく、それよりは少し横からボールを拾い打つようなスウィングをしていたので、バックスピンでボールが吹き上がることはあまり起こりませんでした。

かなり極端に言えば、余計なバックスピンがかかり過ぎない感じのスウィングをしてきたので、さらに叩く意識とは縁が遠かったといえます。

それではインパクトの瞬間を自分はどんなふうにイメージしていたのか。

振り返って考えると、わたしはボールを打つというより、クラブを振り抜く意識が強かったように思います。

クラブを気持ちよく振り抜くとヘッドスピードが上がり、ヘッドが通る軌道上にあるボールとフェースが当たるのがインパクトというイメージかしら。

だから当てる意識はなく当たる、もっと極端にいえば当たってくれる感覚といっていいかもしれません。

でも、このような感覚は日々コツコツと練習を積み重ねたから自然に湧いてきたイメージなのであって、安定した球筋を打てていないときは当然イメージすることはできませんでした。

ボールを打つ感覚を叩くとかつぶす、あるいは運ぶと言うのは、ゴルファーが練習を積み重ね、試行錯誤を繰り返すなかで、自分なりにつかんだ感覚を人に伝えようとして編み出した表現だと思います。

それぞれの表現は受け手と話し手が同じレベルであったり経験があってこそ理解できるもので、ただ言葉だけ分かったとしても感覚は共有できないと思います。

技術の細かい表現には、さまざまな感覚的表現や言葉遣い、例えや言い回しがつきものです。

昔は居酒屋でそういうゴルフ談議をよくやったものですけど、今はどうなのかしら。

情報収集はとても便利な時代にはなりましたが、みんなでゴルフ談議をして理解を深めたり、まだ未知だった知識を広める効用もあると思うので、ゴルフ仲間と話し合う機会を作ることも大切なことだと思います。

ドライバーは打つのではなく叩くと表現する人がいるからといって、自分も同じ感覚で打たなければならない理由はありません。

自分自身の練習のなかで、どのように打ったときに確かな手応えを感じたのかを体に染み込ませ、その感覚を表現にして自分なりの言葉を生み出していけばいいと思います。

言葉や表現の仕方でなんとなくのレベルが分かったりもします。

練習を積み重ねて自分なりの表現を見つけ出すことも、レベルアップするに当たり大切なことだと思いますよ。

「コツコツ練習する人は、ふとした瞬間に自分なりの表現が生まれるときが来るはずです」(PHOTO by Ayako Okamoto)

週刊ゴルフダイジェスト2025年12月9日号より