ドラコン、パレード、美人コンテスト…かつてのマスターズはコース外でもお祭り騒ぎだった
今年のマスターズでは、例年水曜日に行われるパー3コンテストが開催されなかった。これはコロナの影響だが、かつてはさまざまなイベントやショーが開催されていた。
1948~59年には、アプローチショットコンテストやマスターズパレード、トリックショットのショーなど多くのイベントが開催されていた。それらとともに開催されていたのがドラコン。ちなみに48年にはサム・スニードが290Yのロングドライブを披露して優勝している。
マスターズには、このドラコンのように消えてしまった行事がいくつかあり、1957年から行われていた美人コンテストもそのひとつ。67年まで続いたコンテストはマスターズの前週に行われ、選ばれたミスからのちにミスアメリカに選ばれた女性も。女性メンバーを認めないコース(2012年にコントリーザ・ライス元国務長官らが初の女性メンバーになった)で美人コンテストを開催して、それに批判もなかったというのだから、いかにも“時代”だ。
また、火曜日に行われていたパレードでは、ボビー・ジョーンズがオープンカーで先頭に立ち、ベン・ホーガンやバイロン・ネルソンなどが続いた。
また、オーガスタナショナルが直接主催していたわけではないが、かつてはコースの近隣に「ボン・エアー」という名ホテルがあり、選手をはじめ、多くの関係者が宿泊し、パーティが開催されていた。
ここでは賭博が行われ、マスターズの優勝者予想に金をかけ、選手自身も参加していたという。
もうひとつ、マスターズの前週に隣接のサウスカロライナ州のパルメトGCで1945~53年にかけて開催されていたプロアマが実質的にマスターズのプロアマとして機能していた。優勝組には1万ドルの賞金が出ていたという。マスターズの優勝賞金が2500ドルだった時代、トッププロを呼ぶための方策だったともいわれている。
週刊ゴルフダイジェスト2021年4月27日号より