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【ゴルフ野性塾】Vol.1755「母の手料理を覚えておけ。 それが一番の親孝行だ」

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

長男雅樹と女房、
そして長女寛子

が言った。
遠い話ではない。1カ月前の話である。
「お父さんの何から何迄が穏やかになって来たネ。昔は怖かった。食事してる時でも一緒に温泉に行った時でもどこかで緊張してたものな」
「そうか。気付かなかったよ」
「その鈍感さがまた緊張の許(もと)だったんだ。近頃のお父さんの発言を聞いてると、頭がいいのか悪いのか分らなくなって来る。昔は頭よかったネ。友達にも自慢出来たものな」
「大した親でもないのに自慢出来るものがあったんだ。嬉しいネ。しかし、今は違うのか?」
「違うとは言わない。でも頭がいいのか悪いのか、分らない時があるな。特にお母さんとの会話、結構、守勢に回ってるんじゃない?」
「その通り。世間がコロナで騒ぎ始めてから女房殿の考え、力を持ち始めた」
「そうなんだ。3年前からか」
「雅樹、この事は覚えておけ。攻めと守り、どっちが持続の力と正当性を持つかと申せば攻めだ。守りが持続の力、強く持つと思われがちだが、私の経験では違ってた。攻めは肯定の力を持つ。守りは否定の力を強く持つ。そして肯定と否定、どっちが維持の力持つかと言えば肯定だ」
「そうなんだ。頭に入れておくよ」
「大手前の学生と神戸塾生の指導内容とお前自身の主観を聞いてると、最近のお前は肯定の姿勢を強く持つ様になって来ていると思う。指導に自信が出て来たんだな」
「それっていい事なのかな?」
「いい事だ。態度には出てないが、言葉の端に肯定の力を感じる。私も若い頃は自己否定を強く持つ男だった。だが、友の数が増えて行く程に肯定の力、増えて来た様に思う。具体的には馬鹿が出来る様になった。経験で申すが、馬鹿出来ない様じゃ人間の器は変らんぞ。馬鹿やった数で器は変るもんだ。そして、器は大きくも小さくもなって行く。失敗は馬鹿と同義だと思えばいい。お前の指導の中にはお前自身が気付いていない失敗もあったと思うぞ」
「やっぱり頭いいんだ。同義なんて言葉使う人、少ないものな。やっぱり馬鹿やって来た人の頭はいいんだ」
「お前、俺の馬鹿、知ってるのか?」
「浮気。俺、小学生の時、お母さんに泣かれた事あるよ。お母さん、涙、ポロポロ流してた。ずっと我慢してたんだろうな」
「そんな事、あったのか。そりゃ悪かった」
「でもお父さんの友達、皆、浮気者だものな。浮気してない人、一人でもいる?」
「いない。皆、やってた。あとはバレるかバレないかの違いだけだ」
「罪は深いな。悪いと思う事はないの? やるからにはバレないのが鉄則でしょ?」
「それが難しい。俺の周りは脇の甘い人間ばかりだからな」
「でも、それも卒業か」
「卒業式のない卒業はそれだけだ。俺は30年前に廃業したが、未だ卒業出来てないエロ親父は何人かいる」
「でも、それも後期高齢者になれば卒業か。人間、一つか二つの秘密抱いて生きて行く訳だ」
「お前、やっぱり肯定力増して来たな。これから先のお前の指導、どんな結果を出すか楽しみだな」

いいグリップがゴルフ寿命を長くする

「でもネ、大手前大学の指導、難しいよ。坂田塾生以外の学生、誰かの指導受けて大手前に来てるものな。だからまともなグリップ教わって来てる者の指導は出来るけど、グリップ悪い学生の指導は難しい。グリップの指1本の位置変えるだけで、他の筋肉の使い方、全部変ってしまうからネ」
「その通り。綺麗なグリップ教わりゃ全日本の大会、誰でも出られるが、グリップ悪いといい球打てる時期は短い。ゴルフはグリップから始まり、フィニッシュの位置と高さで終ると思う。私は尾崎将司さんに誉められた事が一つある。尾崎さんの家に遊びに行って球打った時、『綺麗なグリップしてるな』の一言貰った。あの時は嬉しかったな。それとナイジェリアで勝った年の年末、雑誌の対談で尾崎さんの家に行った時、私の顔を見るなり『優勝おめでとう』と言ってくれた。そして『もっと早く勝つ人間と思っていたけどな』とも言った。『小さい試合ですから』と言ったら、『勝つのは難しい事だ。大きいも小さいも関係ない。ただ、負けた時の試合の大きさ小ささは関係あるけどな』とボソッとした声で言ったな。彼が日本ゴルフ界で一番負けた時の口惜しさを経験し知っている人間と思ったよ」
「いい話だ」
「育ててくれ。口惜しさを多く知る人間を」
「頑張るよ。まずは10月27日から28日迄の秋の全日本リーグ戦だな」
「コースは石川県の片山津GCか。いいコースだ。日本オープン開催コースでもある」
「男子は9位、女子は4位入賞が目標だ」
「お前な、もっと高い目標出せないのか? 男5位、女優勝なんてどうだ」
「無茶な要求しないでよ。そりゃ軽自動車で高速道路を時速200キロで走れと言ってる様なもんだ。僕の中では9位と4位、充分過ぎる程に楽観的なんだけどな」

10月17日朝、雅樹は大手前大学へ向った。
福岡から新大阪、そして在来線で西宮の大手前大学へ行き、夕刻、尼テクの練習場で安田祐香と大手前学生の指導に入っている。
その後、22日迄、指導を続け、23日の日曜日、車で片山津へ移動すると聞いた。
私は福岡けやき通りの15階で結果を待つ。
そして、11月1日、4回目のコロナワクチンとインフルエンザワクチンを接種して貰う予定でいる。
私は穏かになったのか。

昨日も大濠公園に行った。
夕焼けを眺めた。湖畔のベンチに座り、西空を眺め続けた。
フッと横を見た。
歩く人と眼が合った。
何カ月か前、大濠公園の周回道路上、泣く我が子の横に座り、我が子の泣き止むのを優しい表情で待ち続けていた人だった。
その時、その姿に拍手した私を憶えていたようで、先方から挨拶して来た。ゆっくりと頭を下げる挨拶だった。
私は立った。
瞼を閉じて挨拶を返した。
そして、立って頭を下げた。
子は母の前10メートルを走ったり歩いたりしていた。
立ち止って振り向きもした。
母と子の幸せだったと思う。
ベンチに座った。
綺麗な夕焼けだった。

人の世に不快な事は多いが、夕焼けだけはいつも綺麗だ。
醜さが一つもない。
大濠が暗くなり、大濠を出た。
現在時、10月20日、午前4時55分。
窓の外は都会の闇。ビル屋上の赤い標識灯が私の眼の前の窓から24個見える。そして陽が昇れば標識灯は消える。
変りない一日を過しています。
人間、尖った角が取れれば丸くなる。
上流から下流へ流れる石もそうだ。石と石がブツかって角かどが取れ、小さくなって行く。
私は平凡に生きて来た。
然り気なく生きて来た。
今、満足出来ているかと問われれば、分らないと答える。
ただ、これからの日々、穏やかであれば充分だ。
私の趣味は仕事だった。
これからも執筆は続けます。
体調良好です。
それでは来週。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2022年11月8日号より