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【ゴルフに運はつきもの】Vol.27 円楽師匠との思い出「ゴルフも振る舞いも粋な方でした」

最強のサラリーマンとしてアマチュア時代に輝かしい成績を収め、49歳でプロ転向した“中年の星”こと田村尚之プロ。群雄割拠のシニア界で気を吐く異色プロが、自身のゴルフについて、そしてシニアツアーの裏側について語る。

ILLUST/Masahiro Takase

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悲しい、ただただ悲しいです。可愛がっていただいた三遊亭円楽師匠が、お亡くなりになりました。人間味に溢れた、本当に素晴らしい方でした。今回は師匠との思い出話を書かせていただけますでしょうか。

師匠との出会いは6年ほど前、私がホストプロを務めさせていただいている「ゴルフ交遊抄」という番組に出演された時でした。FWのレッスンをすると、すぐ上手く打てるようになり、収録中にもかかわらず「今から練習場に行ってもいい?」とスタッフを困らせたりもして。それで収録後に師匠から連絡をいただいたように記憶しています。

初めてプライベートでご一緒させていただいた時は、スタートホールで「プロ、お好きなものをどうぞ!」と、お仲間が持って来られた大きなクーラーボックスをパカッと開けられまして……中には、ビール、日本酒、ハイボール、赤白ワインがぎっしり。ホールアウトするまでに、一通り頂きました(笑)。

それからはほぼ毎試合後「プロ、またパター入らなかったの?」とか、励ましのメールを頂くようになりました。また年に3、4回は私がご自宅近くに宿泊し、ゴルフと食事会が恒例になりました。ゴルフ中も食事会でも、バカな話のオンパレードでして最高に楽しい思い出です。

また、私の家族も大変お世話になり、あるゴルフ後の夕食会で師匠から翌日の予定を聞かれ「家族も上京していまして、明日は築地でお鮨でも食べに行こうかと」と答えると、「明日は寄席が昼からなんで」と、早朝から師匠に築地に来ていただいて、馴染みのお鮨屋さんに連れて行っていただきました。そこは大行列の人気店で特別に入れていただいたんですが、席がひとつ足りなくて。師匠は寒い中、外で席が空くまでの15分ほど1人で立っておられて。本当にそういう方なんです。

師匠が席に着くとお店の大将が「バイトにお笑いやってるやつがいて、見てやっていただけませんか?」と。すると若い2人が芸を披露、それが面白くてね……師匠はすぐにカバンからご祝儀袋を出されて「俺の知り合いだって言うんじゃねえぞ!」と、嬉しそうに2人に渡されて。粋でしたねえ。しばらく経ってテレビを見て驚いたんですが、その一人はなんとあのハナコの岡部さんだったんですよ。

肺がんが見つかってからは、少しゴルフもしんどそうでしたが、それでも「プロ、今度はいつ空いてる?」と何度もお誘い頂きました。

昨年の12月17日には銀座のすき焼き屋で、ファンケルクラシックの祝勝会も開いて頂き、師匠はあまり食事が喉を通らないご様子でしたが、皆が美味しそうに食べるのを嬉しそうに眺めながら、お酒を呑まれてました。その時にお祝いとして頂いたアルマーニのお洒落なジャケット、恐れ多くて着れなくて……今も大事に箪笥に仕舞ってあります。その場で「年内にゴルフやろう! プロ、いつ空いてる?」と言われ10日後にご一緒することになりました。

師匠は筋力も戻ったのか飛距離もだいぶ戻って「プロ、おかげでもう10年ゴルフできるかも!」って大変喜んでおられたのですが。年明けに倒れられて……それが師匠との最後のゴルフになってしまいました。

最後にお話ししたのは、今年の全米シニアオープンに出発する前日の6月19日。突然お電話を頂きまして「プロ、ご心配をお掛けしてすみません。全米、頑張って来てくださいね。私もまたゴルフができるように、リハビリ頑張ってますから!」と。最後まで、師匠から弱音を聞くことはまったくなかった……この冬は師匠に頂いたジャケットを着て、師匠を偲ばせていただきます。合掌。

田村尚之

1964年6月24日生まれ。「日本ミッドアマ」2連覇、「日本アマ」2位などを経て49 歳でプロへ転向。2016年「富士フイルムシニア」でツアー初優勝

月刊ゴルフダイジェスト2022年12月号より