【ノンフィクション】コースセッティング、解説、トーク番組…諸見里しのぶの「新ステージ」
「いろんな感情があって一区切りする決断をしました」。2年前、第一線を退いた諸見里しのぶは今、新たな仕事に励んでいる。常に自分と向き合おうとする彼女が、今の想いを率直に語った。
TEXT/Mirori Fukushima PHOTO/Tsukasa Konayashi、Shinji Osawa、Tadashi Anezaki
「1年を通して戦うには覚悟が必要」
「毎年コースの距離がどんどん伸びていき、どんどん若い選手が入ってくる。体の調子もよくなくて練習やトレーニングを制限せざるを得ない状態でした。このままプロとして、応援してくれる方に何を見せられるのか悩み始めました。これが決断の一番の理由です。また、自分が調子のいい時に勝てるコースを考えたら2、3カ所なんです。そこに照準を合わせる方法もあったでしょうが、若い時の自分と比べてしまったり……」
諸見里しのぶは2年前、クラブをいったん置いた。通算9勝、メジャータイトルも3つ手にした。もっと現役を続けられると惜しまれながらの決断だった。
「今思うと、苦しい時って自分しか目に入らないんです。そして人と比べてしまう。自分はなぜできないんだろうと思ったり、人に見られるのが怖くなったり。今のお仕事をして、すごく調子がいい選手たちを見ていると、私ももっと広い視野で世界のトップ選手のプレーや技術、生活環境を参考にすればよかったかなと思います」
自分の選択を後悔しているのではなく、新しいステージに立ったからこそわかることがある。
「18番から展開を逆算する
大変なのが天気です」
諸見里は今、LPGAのトーナメントコースセッティングやテレビ解説の“お仕事”をしている。
「区切りをつけたあと、次に何をしたいか、何ができるかがわからない。悩んでいると、山崎千佳代さんから『しのぶ、今の選手たちが世界で活躍するためにはどうしたらいいと思う?』と、セッティングのお仕事で声をかけていただいた。何かに挑戦したら物事が動いてくれるんじゃないかと思いこの世界に入りました。そこから解説のお仕事にも広がっていきました」
諸見里しのぶの目は、変わらずキラキラ輝いている。その瞳を真っすぐこちらに向け、言葉を丁寧に絞り出す姿も変わらない。
「コースセッティングは、まず全体的な距離を決めて、ティーイングエリアの位置やピンポジションを全部決めます。マンデーからプロアマ大会、本選まで全部です。研修期間がありますが、昨年はコロナ禍で前半試合がなかった。だから後半で1つ研修をしていきなり本番でした。各方面の方々に現役に近いからイメージしやすいでしょうと言われましたが、実際はすごく難しくて。私の飛距離は220~230Yだから、250~260Y飛ぶ人の目線がわからない。何を狭く感じるか広く感じるか。打ちやすいか打ちづらいか。最初は先輩の見様見真似でした」
担当する試合は基本1人で、競技委員長と相談しながら行う。半年前の下見で大体のティーイングエリアを決めておくという。
「先輩たちはフェアウェイのライン取りや芝のことも詳しい。下見で3、4カ月後に芝はどんな状態になるかをイメージし、刈ったり伸ばしたりのお願いを的確にコースの方と相談している。私はキーパーさんと1つ1つ勉強させていただきながらやっています」
山崎千佳代、中野晶、塩谷育代、茂木宏美……先輩たちから学ぶことは多い。
「まず教えられたのは、ゲームの展開を最終日の18番ホールから考えていくこと。こういう展開にしたいと逆算してピンの位置を決めていく。大変なのが天気です。10日くらい前からずっと、天気、風向きを確認。天気でセッティングを変えることも、そのままいくこともある。頭をフル稼働します」
“デビュー戦”は昨年、地元沖縄・かねひで喜瀬CCでの試合だった。
「自然の地形を生かした戦略性の高いコース。距離もあり沖縄特有の風や芝という自然の難易度の高さがある。それも考えて行いました」
今年はステップアップツアー4試合と、ほけんの窓口、NEC軽井沢のレギュラー2試合を担当。この仕事をして、女子ツアーのレベルアップぶりを感じるという。
「難易度の高いコースでも自分の技術を持って攻めていけばロースコアを出せます。だから、考えて攻められるようにピンポジを決めたい。また、攻めるところと守るところ、メリハリをつけてコースマネジメントしてもらうように心掛けます。たとえば、ほとんどのコースはパー5が4つありますが、2つは絶対にバーディをとってもらいたいし、残りの2つは難易度を上げ、頑張って攻めた人はバーディ、パーでも乗り切ったと思えるパターンがあったり。見てくださる方も盛り上がるはずです」
自分のイメージで試合全体を動かすやり甲斐のある仕事だが、「だからすごく緊張します。正解がないのが難しいですね」と、ここにも真面目な一面がのぞく。
「選手やコースを常に見つめ
自分の色を出したい」
もう1つのお仕事は、テレビ解説だ。
「解説は、スタジオとラウンドリポートで全然違います。スタジオでは状況がわかりづらいことも多い。選手のちょっとした動きやスウィングで普段と違うところを探して状況をわかりやすくお伝えしたい。ラウンドレポートは、選手の先回りをしてライの状況を見たり、距離感や持つ番手を予想したり。最初の頃は選手より先を歩くのに必死でした。ラフを歩くし、選手の邪魔は絶対にしたくない。木の下からバンカー越えのピンを狙うショットで、『左足下がりで狙いづらいと思います』と言ったら、ハイドローを打ってピタッとつける。想像力が足りなくてごめんなさい、となったことも(笑)。終了後は毎回、もう少しよい言葉があったな、上手く伝えられたかな、と反省しかないです」
諸見里しのぶはいつも自分と向き合ってきた。自分を見る目は厳しい。だが、その目が他人や他の物事を見るとき、やさしさと感謝の気持ちがあふれ出る。
「初めてトーナメントに携わる立場になって見えるのは、雨が降ったら管理の方たちが真っ暗なうちから準備してくださる姿や、競技委員さんたちが朝から晩までコースにいて1日中細かいところまでチェックしている姿。どのお仕事もすごく大変で、その人の立場になってみないとわからないというのを痛感しています」
毎日がいっぱいいっぱいで楽しさより大変さを感じるという諸見里。「じつは、また壁にぶつかりました。“自分らしさ”とは何だと。先輩たちはそれぞれ色を持ってらっしゃる。たとえば、(岡本)綾子さんはストレートにわかりやすくお伝えする、樋口(久子)さんはご自身の経験を含めた心理的なことをお伝えするとか。私は何をしたいんだ、自分とは何だと考えたらどんどん迷路に入って……」
諸見里しのぶは、結局悩むのだ。この元来の真面目さこそが、彼女の魅力でもある。
「解説もセッティングも常にアップデートが必要。今のゴルフ界の状況、選手たちの状況や技術の高さなどをきちんと把握して、自分が経験したことにプラスしてやっていかなければなりません」
10年後の姿を聞くと「まったくイメージができない」と言いつつ、「でも今のような感じでもいいのかな。去年は不安でしたが、そのなかで得た知識を大事にして自分の強みをつくりたい。また、以前から興味がある体によいサプリメントや漢方などにも携わりたい。アスリートだけではなく、人生を楽しむうえで体ってすごく大事だと思うんです」
「若い選手は、優勝争いやコース攻略を
“楽しんでいる”ように見える」
では、今の女子ゴルフ界について、少し解説してもらおう。
「アメリカも若い選手が多くて、多国籍で。日本選手も池越えのピンポジでも怖がらずロングアイアンで果敢に攻めてきたりレベルが高くなっていると感じますが、海外を見たらもっと上がいる。メジャーのセッティングで池まで3、4Yのピンポジでも6Iや5Uで同組の3人が皆1ピン以内につけたり。どうなってんのって(笑)」
世界的な飛距離アップはトレーニングの進化とも関係するという。
「お尻、脚、背筋など、筋肉の付け方が変わってきています。トレーニングをすると飛距離アップはもちろん、傾斜地からが強くなり、小技が上手くなる。小技って狭い場所で体幹を使って微妙な力感を出さないといけない。飛ばすには大きな筋肉が必要ですが、軸や体幹、コアの細かい筋肉を上手く鍛えていくと、ゴルフ全体のレベルが上がるし、体力をつけることで集中力が増す。この10年でゴルフ界のトレーニング法はどんどん新しくなっていますね」
メンタル力にも変化を感じる。
「若い選手は自己PRが上手。私のここを見て! と言えます。それにたとえば稲見(萌寧)さんがすごいのは、ラウンド中笑っていて、構えた瞬間からスッと集中し、打ち終わると歩きながらまた話せる。私はその切り替えが下手でした。朝コースに入るともう集中しなければと。だから終わったら疲れて、ホテルに帰って座るともう動けない。若い選手は時間の使い方も上手いし、何より優勝争いやコース攻略を楽しんでいる印象です。楽しむのって難しいですよ。ミスしたら怒るし悔しいし。私は優勝した時も苦しかったですから」
諸見里のこの苦しさは、すべてのことに全力で向き合うから生まれる。そしてこの苦しみを糧にして大きくなる。だから諸見里しのぶには次のステージがやってくる。
BS11で、ゲストとトーク&ラウンドレッスンの新番組も始めた。
「私は人前で話をすることが得意ではないんです。でもゲストが俳優の田中健さん、野球の槙原寛己さんなど、すごい経験がある方ばかり。トークも広げてくれますし、仕事は違えどトップにいくまでの準備の仕方が勉強になるし似ていることもあります」
最近は、新しい仕事のため、時間を見つけて練習もしている。
「ゴルフって、プロが上手いんじゃない、練習をしているからプロが上手いんですよ。練習しないと飛距離は落ちる。でもじつは、今のほうがクラブや体の使い方は上手いかもしれません。トッププロをスロー動画で見ているとイメージがよくなる。選手の強みを探そうとするのもいいんでしょうね」
担当するレッスン番組で、その人に合う修正法を探すようにすると選手たちのスウィングも見え始めた。「今や選手のいいところを見つけるのが趣味です(笑)」
「結婚し、出産しても活躍する
先輩たちを見ていたら……
私も行きたいなって」
諸見里しのぶのやさしいまなざしが、忙しい自身に向けられることはないのだろうか。
「最近の趣味は掃除。朝30分の掃除を習慣化しようとしています。心も整理でき、今日も頑張ろうとやる気が出る。帰って家が綺麗だとくつろげるし明日もまた頑張ろうという気になる。あとはドラマです。気持ちを上げなきゃいけないときは『スクールウォーズ』や『ルーキーズ』を見たり。基本、アツいドラマが好きです。ビールを飲みながらドラマを見るのが休日の贅沢。幸せだ~って叫んじゃう(笑)」
諸見里の生活から、人生から、ゴルフがなくなることはない。
「今の選手たちを見て、カッコいいと思いますし、うらやましいとも思います。2週連続優勝の西村優菜さんも、稲見さんの圧倒的な強さも。でも、選手それぞれにドラマがある。堀琴音ちゃんが苦しんでもがいて8年目で初優勝したり、服部真夕ちゃんが左打ちアプローチに変えて優勝したり、逃げずに今の自分と向き合って戦う選手を見ると、本当の勇気をもらえると同時に自分ももっと頑張れたんじゃないかと。プロゴルファーとして何も見せられないという悩みは私のただのプライドだっただけで、もっと自分と向き合えていたらそう思わなかったのかなと。選手たちには何回も何回もチャレンジして、何回も何回もコースに跳ね返されて本当に苦しいよね、でも頑張ってという思いがある。同じように皆さんが私のことを応援してくれたのかなと思います」
諸見里しのぶという人は、ずっと悩んで、悩んで、答えを見つけ続けるのだろう。女子プロの選択は多彩になったが、自分の人生の目標は、ずっと模索中だという。
「(宮里)藍さんも妊娠中で、(上田)桃子も結婚して頑張っているし、若林舞衣子ちゃんもママで優勝した。結婚してもお母さんでも続けられる環境ができ選択肢が広くなった。若い子も続くことができます。それに先輩方。福嶋晃子さんがレジェンズで優勝したり、原田香里さんや鬼澤信子さんが選手権に出場している。チャレンジしている先輩は楽しそうだしカッコいい。そしてアニカ(・ソレンスタム)。全米女子シニアオープンに出場して優勝しました。あれを見ると、私も行きたいなって。そうするとあと10年。結婚し、もし出産したら、5年を費やすとして、その後5年、ツアーで少し試合勘を戻して……ああ、ちょっと明確な目標ができましたね(笑)」
よく人に流されるので、座右の銘がコロコロ変わると笑う諸見里。悩み続け、進み続ける彼女を、ずっと応援し続けたいと思う。
週刊ゴルフダイジェスト2021年11月2日号より