【ゴルフ初物語】Vol.44 日本アマ初の学生チャンピンはなんと東大生だった
1907年に神戸GCで始まった日本最古のゴルフ競技会「日本アマチュアゴルフ選手権」。昨年は中止となり、来週2年ぶりに大利根カントリークラブ西コースで開催される。
初の学生王者は東大生だった
1939年に開催された第32回日本アマは、武蔵野CC藤ヶ谷コースにて行われ、全国から49名の選手が参加。大谷光明、石井光次朗、川崎肇、小寺酉二、鍋島直泰、白洲次郎と、当時の日本ゴルフ界を代表する面々が名を連ねるなか、優勝候補と目されていたのは日本アマ4連覇を狙う佐藤儀一。36ホールの予選ラウンドを「79」「81」の4位で通過すると、16人によるマッチプレーでも次々と勝利を収め、順当に決勝にコマを進めた。決勝の相手は東京帝国大学2年、22歳の原田盛治。決勝戦は4番までで原田が3アップとリードする展開。佐藤も意地を見せ、2つ取り返すが、その後、原田が6ホール奪取し、7アップで快勝。日本アマ史上、初の学生王者が誕生した。
原田は父の影響で8歳でゴルフを始めると、宮本留吉らから手ほどきを受け、13歳で赤星四郎、六郎から教えを受けるようになる。暁星中学に通っていた16歳のときには、朝霞に移転したばかりの東京GCに特別に入会が認められ、4月には理事長杯を獲得し、秋にはクラブチャンピオンに。17歳で浦和高校に進学するも、20歳の高校卒業の年に父を失い、精神的なショックを受け1年浪人。21歳で東京帝国大学に入学すると、その年に武蔵野CCと東京GCのクラチャンになるほどの腕前だった。
その年の夏の全日本学生ゴルフリーグ戦では、原田の活躍を軸に、東京帝大が4戦全勝で優勝。その祝賀会の席上で学生連盟の委員でもあった原田は、戦時体制下で贅沢なスポーツと白眼視されている学生ゴルフの服装を見直し、シャツは白、パンツは白か鼠色、黒か紺とすると提言。また学生の身分で14本は多いと、使用クラブも10本以内に制限することを決定。9月の第5回全日本学生ゴルフ選手権で実行された。
近年は学生ゴルファーが上位を独占している日本アマ。2015年には金谷拓実が高校生で制しているが、学生ゴルファーが初めて日本アマを制したのは戦前の1939年、第32回の原田盛治が最初だった
週刊ゴルフダイジェスト2021年7月6日号より