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「最大の犠牲は“食べること”」ミケルソン快挙の裏にあった努力と準備と向上心

TEXT/Kenji Oba PHOTO/Blue Sky Photos

フィル・ミケルソンのメジャー優勝は2013年の全英オープン以来、8年ぶり6勝目。特筆すべきは、ゴルフ史上初めて50歳代(50歳11カ月7日)でメジャー優勝を果たした快挙だろう。しかしこの快挙は決して偶然成し得たものではなく、その裏には類まれなる努力と万全の準備があった。

解説/佐藤信人
51歳。ツアー9勝。海外取材が豊富で、現在は週刊GD連載「うの目、たかの目、さとうの目」をはじめ、テレビ解説などでも活躍中

ドラコン仕様のようなドライバーで挑んだ

「まるで漫画を見ているかのような劇的なドラマでした」と語りだした佐藤信人プロ。

その規格外のドラマを生んだ要因をプロの目で分析してもらった。

「まず挙げるべきは、ティーショット用に、ロフト5.5度、47.9インチの超長尺ドライバーとロフト11.5度の2番ウッド(ブラッシー)の2本を入れたこと。飛ばしたい場面では超長尺、置いておきたい場面ではブラッシーとはっきり使い分けていました」

象徴的だったのは最終日の16番。ロングドライブ仕様の超長尺で放ったショットは初速178マイル(79.6m/s)を記録し、フォローに乗せて366ヤードをマーク。デシャンボーら飛ばし屋を抑えて出場選手の最長距離だった。

「長尺を使えば誰でも飛びます。しかし『当たれば』という条件付き。ツアーレップのコメントによれば、ほとんどの選手が手こずるなか、ミケルソンは簡単に使いこなすそうです。スウィングのブラッシュアップが功を奏したのか、もともと合うのかはわかりませんが、ドラコンドライバーのような長尺を実戦で使いこなす技術、体力、チャレンジ精神がもたらした成果です」

ルールぎりぎりの47.9インチ、ロフトは5.5度という超長尺ドライバーを使用。守るホールは11.5度のブラッシーを握った

〈ミケルソンのクラブセッティング〉(全米プロ最終日)
[1W]
エピック スピード トリプルダイヤモンド(5.5度)/ベンタス ブラック6X(47.9インチ)
[2W]テーラーメイド オリジナルワン(11.5度)/ベンタス ブラック7X
[4W]マーベリック サブゼロ(16.5度)
[UT]X21 UTプロト(20.5度、25度)
[Iron]APEX MB21(6I~PW)
[Wedge]PMグラインド21Row(50度、55度、60度)
[PT]オデッセイ ミルドブレード“PM”
[Ball]クロム ソフト X トリプルトラック

独創的なセッティングだが、本人は06年のマスターズでドライバーを2本入れ、2度目のグリーンジャケットに袖を通している。

「今回、他の選手に比べミケルソンが測定器を使うシーンが何度も中継で映し出されました。勝つため、1打でも良くするためにはなんでもする、という姿勢の表れ。クラブセッティングもそのひとつで、彼には普通のこと。年齢を重ねても衰えない貪欲さこそが一番の勝因ではないでしょうか」

貪欲さという点では、佐藤プロはミケルソンと、弟でキャディを務めたティムの歩くスピードに注目した。

「とにかくゆっくり歩く2人の姿が印象的でした」という。時間計測されたシーンもあったが、歩くスピードは変えなかった。

「メディテーション(瞑想)という言葉を使っていましたが、瞑想をトレーニングに取り入れ、そのうえでキャディと一緒に同じスピードで歩き、長く会話するようにしたそうです。そうした心の安定強化に加え、フィジカルトレーニングと食事制限まで、ドラマの裏には徹底した準備がありました」

3日目を終えてロフト16度のUTが割れるアクシンデントに見舞われたが、動揺することなく最終日は16.5度の4Wを投入して乗り切った。これもメンタル強化の賜物だろう。

ミケルソンは、もともとファンを大切にする選手として知られるが、ピンチの場面でも笑顔でファンと会話を交わすシーンが多かった。日本人で初めてマスターズを制した松山英樹もそうだった。

「アンガーコントロールは大きな課題。やはり笑顔は勝利を導く大切な技術です」と佐藤プロ。

夢を実現させるための最大の犠牲は食べること

体型の変化も一目瞭然だ。数年前の太りぎみ体型から今はアスリート体型に戻った。加齢と闘うべくフィジカル管理に汗を流し、「夢のために僕が払った最大の犠牲は食べること」とは本人。徹底した食事制限も続けた。

同年生まれの佐藤プロは、集中力維持の練習法にも舌を巻く。

「加齢で衰えるのは体力だけではありません。集中力も低下します。そこでミケルソンは集中力をキープするため36ホール、時に45ホールを真剣に回るのだそうです。マラソンランナーが毎日50キロを走り、本番の42.195キロに備えるのと同じ理屈です。いい練習だと頭で理解はしても、それができる体力と意志のある50歳はそうそういるものではありません」

50歳を超えても錆びないタッチ

今回の全米プロは最長7800ヤード超のコース。さらにミケルソンが超長尺ドライバーを投入したことで、距離ばかりが注目されがちだが、佐藤プロの分析では「距離と同じ、いやそれ以上に勝敗に影響したのがショートゲームでした」

どういうことか?

「前回、キアワアイランドで開催された全米プロ(12年)はマキロイが圧勝でメジャー2勝目を飾りました。そこだけを見れば飛ばし屋有利となるわけですが、実はI・ポールター、S・ストリッカーなどショートゲームの名手が上位に食い込んでいました。今回L・ウエストハイゼンなどショートゲームが巧みな選手が優勝争いに残りました。キアワの各ホールは、ほぼ砲台グリーンで紙一重の落としどころが要求されます。そこに苦しんだ選手は脱落……。そうした観点からミケルソンを見ると、91年のPGAツアー、ノーザンテレコムでアマチュア優勝して以来30年間、彼のショートゲームは、まったく錆びることがありませんでした。そこも大きいと思います」

〈キアワアイランド開催の全米プロ上位選手〉
2021年大会
 優勝 P・ミケルソン(50)-6
 2位T L・ウエストハイゼン(38)-4
 2位T B・ケプカ(31)-4
 4位T S・ローリー(34)-2
 4位T P・ハリントン(49)-2
 4位T H・ヒッグス(29)-2
 4位T P・ケーシー(43)-2
2012年大会
 優勝 R・マキロイ(23)-13
 2位 D・リン(38)-5
 3位T I・ポールター(36)-4
 3位T K・ブラッドリー(25)-4
 3位T C・ペターソン(34)-4
 3位T J・ローズ(31)-4
 7位T S・ストリッカー(45)-3 ほか3名
 ※年齢は2012年当時

風と砲台グリーンが特徴のキアワアイランドGRオーシャンC。佐藤プロの指摘通り、21年はウエストハイゼンやハリントン、12年はポールターやストリッカーなど小技の名手が上位に入った


また、リンクスコースは風向きによってティーイングエリアが日々変更される。そうなると目一杯の7800ヤードを使い切ることはない。そこで佐藤プロの戦前の優勝予想は、「飛ばし屋よりむしろショートゲームの上手い選手でした。そこまでは予想通りでしたが、さすがに50歳のミケルソンが優勝するとは想定外でした」と苦笑する。

パッティングが冴え渡っていたのも要因のひとつ。一時は慣性モーメントの大きな大型ヘッドを使い、握り方もクロウグリップにした時期があったが、代名詞ともいえるL字ヘッドパターで、グリップもオーソドックスなスタイルに戻していた。

「71ホール目の最終日の17番だけはクロウで打ったのは謎ですが、とにかく安定していたことは間違いありません」

パターはミケルソンの原点、オーソドックスなL字ヘッド。打ち方も最終日17番のショートパットのクロウグリップを除き、オーソドックスなスタイルでパッティング

盟友タイガーへのメッセージ…

レフティのミケルソンにはラッキーもあった。最終日の6番から13番は左からのアゲンスト。次々と選手がスコアを崩していくなか、ここをイーブンでまとめたが、「左からのアゲンストは右打ちにとっては最も構えにくい風向きですが、レフティのミケルソンにはさほど苦にならなかったかもしれません。そういう意味では神風でした。ただ、運だけで勝ったように思われるのは嫌なので強調するつもりはありません。これまで述べてきたように、絶えないチャレンジ精神と向上心、完璧な準備、努力の継続、すべてがあっての優勝です。同時にゴルフ界をリードしてきたタイガーのマスターズ(19年)復活優勝は大きな刺激になったはず。今回、事故で療養中のタイガーに、この優勝は『早く戻ってこい、待っているぞ!』というメッセージでもあったようにとらえています。規格外の2人ですから、さらなるドラマにも期待ですね」

最後にマスターズチャンピオンとして出場した松山英樹(23位タイ)について聞いた。

「評論家や記者が選ぶ、大会前の全米パワーランキングに松山くんの名前はありませんでした。それは実力からではなく、マスターズの優勝者がその後、調子を落とすことがわかっているからです。まして例年と違いマスターズから1カ月しかありませんでした。松山くん自身『約1カ月ゴルフしていなかった代償』と答えています。ただ3日目の途中まで首位を争い、多くの評論家や記者に『やはり松山、ハンパない』と印象づけたはず。おそらく6月の全米オープンでは、パワーランキングの上位に顔を出すと思います」

50歳を過ぎたミケルソンの悲願のグランドスラム、そして松山のマスターズに続くメジャー制覇と、今から全米オープンが楽しみだ。

週刊ゴルフダイジェスト2021年6月15日号より