トム・キム兵役免除を目指す戦いアジア大会でミッションクリア!
名古屋の春日井カントリークラブ 東コースで開催されたアジア大会ゴルフ競技に韓国代表として出場したトム・キムが個人戦で待望の金メダルを獲得した。1メートルのウィニングパットを沈めた瞬間、しゃがみこんで頭を掻きむしってから雄叫びを挙げたキム。比嘉一貴に3打差をつけ逃げ切って掴んだ栄冠は彼にとって単なるメダル以上に大きな価値があった。

前週アメリカで開催されたプレジデンツカップにインターナショナルチームのポイントゲッターとして出場したトム・キム。初出場のときから感情を表に出す闘志溢れる勇姿がファンを魅了してきた。拳を突き上げ、腕を振り回し、耳に手を当て観客の声援を煽るスタイルはギャラリーにお馴染みの光景だ。
今回はインターナショナルが3ポイントリードして最終日(シングルス)を迎えたため28年ぶりの勝利が期待されたがカップ奪還ならず。だがもしインターナショナルチームが勝ったとしてもキムは祝賀会に参加することはできなかった。
敗戦の悔しさをチームメイトと分かち合う間もなく彼はシカゴ発日本行きの飛行機に飛び乗ったからだ。
その理由は今後彼のキャリアに大きな影響を及ぼしかねないある課題に取り組むためだった。すなわちアジア大会に出場し、金メダルを掴むミッションに挑んでいたのだ。
そもそも北朝鮮と休戦状態にある韓国では成人男子に兵役が義務付けられており、それは満30歳までに約21カ月の期間を終えなければならないというもの。そして、韓国の男性アスリートにとって兵役が免除されるのはアジア大会で金メダルを獲得するか、オリンピックで金銀銅いずれのメダルを獲得するしかない。4年前にはキム・シウーとキム・ソンジェが団体戦で金メダルに輝き兵役を免除された。
24歳のトム・キムは20歳の若さでウィンダム選手権で初優勝。2年間で3勝を挙げ若手のホープとして期待されたがここ数年不振で、今年ようやくジェネシス・スコットランドオープンで復活優勝。ポイントランク14位に入りトッププロとしての顔を取り戻した。
前途洋々に見える彼だが政府からいつ召集令状が届くかわからない。召集されれば即入隊しなければならない。その前にアジア大会で金メダルを獲ることが彼にとって最重要課題だったのだ。

2011年国内男子ツアーの賞金王に輝いたべ・サンムンを覚えているだろうか? 国内でメジャーを含む3勝を挙げ翌12年からPGAツアーに参戦。デビュー2年目に早くもバイロン・ネルソン選手権でキーガン・ブラッドリーを破って初優勝を飾ると14年にフライズドットコム選手権で2勝目を挙げ、15年にはプレジデンツカップにも出場。
恵まれた体と洗練されたプレースタイル、落ち着いた物腰で韓国ツアー2年連続賞金王→日本ツアー賞金王→PGAツアーのシード選手へと一気に駆け上がった彼は当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
しかしいくら国際的な実績を積み上げても、オリンピックのメダリストでもなく、アジア大会の金メダリストでもないベが兵役を免れることはできなかった。法廷闘争に打って出たが敗訴。韓国で開催されたプレジデンツカップに出場したわずか数週間後に入隊を余儀なくされ21カ月の兵役に従事した。

29歳だったベの同僚兵士の多くは彼より年下。本人は銃を握ったことすらなかったのに小銃手に配属されゴルフの練習をする時間はほぼなかった。「帰りたい。競技に戻りたい」その一心だった。
およそ2年後アジアンツアーの大会で競技に復帰したが、入隊前の状態とは程遠く(入隊前の世界ランク88位/復帰時には1869位)、PGAツアーでは17試合に出場したが、予選を通ったのは5試合だけだった。
「試合勘を失ってしまいました。スウィングの仕方ではなくゴルフという競技そのものを忘れてしまったような気がします」と当時AP通信のインタビューで語っている。
18-19シーズン終了後にはツアーカードを失いアジアに活路を求めたが、18年のコーンフェリーツアーでの1勝以外ほぼ特筆すべき戦績はなく現在まで低迷が続いている。
40歳の彼にとって唯一の明るい兆しは今年の韓国オープンで3位タイに入ったこと。兵役で失われた2年間のつけはあまりにも大きかった。
トム・キムが是が非でも金メダルを獲りたかったのはベが経験した悪夢を回避するため。念願を叶え、今夜ようやく安堵して眠りに就くことができる。ここ数日味わった緊張感から解放され、プレジデンツカップでの高揚感を思い出す夢を見るのだろうか。

文/川野美佳
米サンディエゴ州立大学留学を経て1990年代から「週刊ゴルフダイジェスト」「Choice」を中心に執筆を開始。主な翻訳書に『タイガー・ウッズ私のゴルフ論』(テレビ朝日)『タイガー・ウッズ:もうひとつのインサイドストーリー』(日本ヴォーグ社)『ブッチ・ハーモンの勝者のゴルフ: タイガー・ウッズを育てた名伯楽』(小池書院)など。ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤー、トム・ワトソンなど海外のレジェンドゴルファーへのインタビューを多数行っている


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