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【日本ツアーに挑戦する海外選手】<後編>「旅がしたかった。日本ツアーは賞金も高いしね!」

最近、海外ツアーに挑戦する日本選手が増えたけれど、日本ツアーに挑戦する海外選手も増加中。一体、なぜニッポンの舞台を選んだのか。前編に続き海外選手に話を聞いた。

TEXT/Mika Kawano PHOTO/Hiroyuki Okazawa, Tadashi Anezaki THANKS/BMW日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ、太平洋クラブチャレンジトーナメント

トリスタン・ロバー 1996年アメリカ・コロラド生まれ。3歳でゴルフを始め21年にプロ転向。持ち味はショートゲームとパッティング

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「ストレートボールが打てないとスコアが作れない!」

長身、長髪のトリスタン・ロバーは、昨年のQTでファイナルに進み日本のツアーカードを取得したニューフェース。プロゴルファーというよりスケートボードで街を疾走するのが似合いそうに見えるが、その想像は当たらずとも遠からず。

「10代の半ばまでゴルフとスノーボードをやっていたんです」

ロッキー山脈の麓、冬は豪雪で知られるコロラドで生まれ育った彼は、冬にスノーボード、それ以外の季節はゴルフに打ち込む二刀流生活を送ってきた。

「スノーボードではスロープスタイルで全米2位になったこともあります」


物心ついたときからクラブを握っていたのは「父の影響です」。父・ダグさんは地元のリバーバレーランチGCのヘッドインストラクターで、その界隈では知る人ぞ知る有名プロ。PGA・オブ・アメリカのコロラドセクションでゴルフパーソン・オブ・ザ・イヤーやシニア・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーなど数々の賞を受賞している。

「全米プロシニアや全米シニアオープンに出場したことがあって、チャンピオンズツアーでもプレーしていました。メジャー大会では僕が父のキャディをしたんです」

二刀流を一本に絞ったのは16歳のとき。ゴルフの道に進むことをきっぱり決めた。「憧れの人は父とタイガー・ウッズ」というタイガー世代のロバーは、もう1人の憧れの人、父の背中を追いかけることになった。

やがてアイオワ州にあるボイシ州立大学に進学。ゴルフ部に身を置き、全米アマや全米アマ・フォアボールに出場した経験もある。そして卒業し、21年にプロに転向した。ではここで本題。Youは何しに日本へ?

「理由は2つあります。日本ツアーを選んだのはまずは旅がしたかったから。2つ目はほかと比べて賞金が高かったから。大学を出てからメキシコでプレーしていましたが、日本に行くぞとQTを受けたんです」

来日し、右も左もわからない状況でQTに挑んだのだが、そこで思いがけない出会いがあった。後に奥さまとなるオリエさんとの出会いである。セカンドステージで落ちたためメキシコに戻ろうとしたが、東京出身、沖縄に越したばかりの彼女と出会い「2人でマルタに行くことになりました」。旅好きの彼らしい選択というべきかロマンチックな展開というべきか。

イタリアの南端に近い地中海の島々で構成されたミニ国家マルタ。主要な島のひとつマルタ島に滞在したのだが、そこでは何を?

「1つだけゴルフ場がありました。そこで毎日練習していました」

6カ月マルタで暮らした後2人は「大好きな」沖縄に戻ることを決めた。

「で、今も沖縄に住んでいます」

日本に戻ったのはもちろんツアーに出るためだ。QTのサードステージではコーチである父が来日し、バッグを担いでくれた。24年は惜しくも1打足りずファイナルに進めなかったが、ACNツアー(下部ツアー)への出場機会を得て、12試合に参戦。石川遼 everyone PROJECT Challengeで7位タイに入ったのが最高だった。

以前は球を飛ばすことばかり考えてゴルフしてきたというトリスタン。「日本のコースはそこら中にOBがあるので、ショットの精度が何より重要です」



調子が出ないと「父は『自信の問題だ』と言うんです。でも僕は『技術だ』って言い返す。そこでちょっとした言い合いになります」
日本のゴルフ場はこれまで経験してきたコースとは大きく違う。

「以前は球を遠くに飛ばすことばかり考えてゴルフをやってきました。でも日本のコースはそれでは通用しない。そこら中にOBがあるのでショットの精度が何より重要。ストレートボールが打てないとスコアが作れない。それに芝も違うので常にチャレンジです」

スウィング動画を撮ってコロラドの父に送りチェックしてもらい、目下ショットの精度を上げる練習に取り組んでいる最中。

日本で苦労するのはやはり言葉。試合中は英語が話せる杉本エリックや杉本スティーブらと行動することが多く、やるべきことはゴルフなので問題ないが「一番大変なのがレンタカーを借りることです。日本の免許証を持っているのに、この風貌だから初心者だと思われてしまう。毎回時間がかかって本当に嫌」と珍しく語気を強めた。

だがそれ以外は快適に過ごしているという。

「ゴルフはストレスの溜まるスポーツですが、僕は99パーセント、ハッピーパーソンですから」

沖縄ではバンヤンツリーGCやPGMゴルフリゾートで練習しながら、街と自然を兼ね備えた環境を満喫している。

「沖縄は雨が多いこと以外、素晴らしい。食べ物の好き嫌いはあまりありません。メキシコに住んでいたのでメキシコ料理は恋しいですが、タコライスを食べて紛らわしています。美味しいから」

休みのときはフリーダイビングも楽しむ。

「マリンスポーツでもなんでもアウトドアで活動するのが好きです。体を動かすだけじゃなくキャンプも楽しんでいます」

6月14日に満30歳になった。世界ランク1位のスコッティ・シェフラーとは誕生日が1週間違い(シェフラーは6月21日)の同い年。ロバーは決して早咲きではない。だが今年は日本ツアーでシードを獲り、いずれはDPワールドツアーやPGAツアーで活躍したいと思っている。

「20代が終わっちゃったなんて信じられない。30代になる準備がまだできていないのに(笑)」

彼にはどんなトッププロにも勝っている長所がある。それはあらゆる状況で楽しめる能力。悩んで落ち込んだとしても、自分で自分の機嫌を取ることができる。人生は予想外の出来事の連続だが、それを笑顔で乗り越えられるハッピーパーソン。そんなYouをつい応援したくなる。

まるで川村昌弘のような“旅人ゴルファー”トリスタン。「ゴルフはストレスの溜まるスポーツ」と認めつつ、それも楽しむ姿勢があるのだ


「日本は食べ物が美味しいし、コースも美しいです」
グラント・ゴッドフリイ

オハイオ州出身の28歳、日本は今年で6年目。トレド大時代に知り合った1つ上の奥さまは英語が堪能で、楽天で働く。「“バリキャリ”です(笑)。僕が卒業したと同時に結婚して日本に来ました」。PGAツアーを目指していたが、日本ツアーに挑戦したのは奥さまと一緒に生活したいことと実力的にアメリカは厳しいと思ったから。

「もちろん日本も簡単ではない。特にシード選手は皆上手いです。曲がらないしショートゲームもとても上手い」。23年に下部ツアーの試合で2位に入り24年の前半はレギュラーに出場。昨年のQTはサードで落ちて、今年は出られるACNツアー、台湾ツアー、PGAツアーアメリカズ(QT9位)に出場する予定だ。

「日本は新幹線もあって移動がラクでご飯も美味しい。日本の甘いものや焼き肉(生肉)、コーヒーが好きです。今一番の問題は円が弱いことです。でもそれも住んだら大丈夫だし(柏在住)、日本語が話せたらどんどんラクになる。コースはきれいでコンディションがいつもいい。グリーンもほとんどベントでオハイオと同じです。ただ、フェアウェイが狭くてアメリカの半分くらいでOBも多い。球が真っすぐに行かないと話になりません」

目標はACNツアーで優勝してレギュラーに出ること。「昨年日本のプロテストを受けて通ったので、シニアツアーにも出たいです」と、キャップに日本企業のスポンサーを光らせる明るいアメリカンは日本に骨を埋める覚悟だ。

“逆輸入プロ”、東テネシー大学卒業の呉司聡と。「球を真っすぐに飛ばす技術は日本選手のほうが上手い。ドライバーの飛距離がキャリーで260Yでも幅に収まっているほうが1年間の成績はいいと思うくらいです」(呉)

週刊ゴルフダイジェスト2026年6月30日号より