【ゴルフせんとや生まれけむ】岩田稔<前編>「レフティ転向を決断しました!」
ゴルフせんとや生まれけむ
ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、元プロ野球選手の岩田稔氏。
ゴルフを始めたのはプロ1年目のシーズンオフですから、2006年の冬ですね。球団のコンペがあって、全員参加でした。ボクは左投げ左打ちですが、ゴルフはやったことなかったので、「左がいいのか、右がいいのか、どっちなんやろ?」と思いました。そうしたら阪神の先輩は左利きでも右打ちでやっている人が多かったんです。「どうしようかな?」と悩んでいるとき、父親の知り合いを介してゴルフショップを経営されている方からサインをお願いされて色紙をお送りしたら、お礼に届いたのが右打ち用のパターでした。その方は王(貞治)さんともつながりがあって、王さんが右打ちでゴルフをされているんですよ。「これは右で始めたほうがいいよというアドバイスなのだろう」と考え、右用のクラブでフルセットを揃えました。
ところが最初はまったく当たらなくて、大変な目に遭いました。初ラウンドから3日連続でコンペだったのですが、初日のスコアは今でも忘れません。188を叩き、「よく数えたな」と感心されました(笑)。それが2日目は140までスコアが縮みました。そして3日目は120で回ることができました。
ただし、1年目のオフにゴルフをしたのは、この3ラウンドのみです。次にクラブを握ったのは2年目のオフでした。でも、ボクはこの年に結婚し、11月に長男が生まれましたから、ゴルフどころではありません。20代の頃は全員参加のコンペで1年に2~3ラウンドする程度でした。30代になってからはキャンプ中の休みにもゴルフに行くようになりましたが、パチンコよりもゴルフのほうが健康的なので(笑)、当時は“積極的休養”という位置付けでした。
ゴルフは基本的には独学ですが、ボクは大阪桐蔭高校出身なので、ゴルフ部があるんですよ。宮里優作さんが3つ上の先輩で、同級生にもプロが3人います。彼らに教えてもらいながら回ったりしていました。山下美夢有さんも高校の後輩で、引退してから厄除けの祈禱(きとう)を受けに行ったら、そこでばったり遭遇しました。日本三大厄神の一つである門戸厄神東光寺(兵庫県西宮市)で、大部屋で住所と名前が呼ばれているとき「山下美夢有」と聞こえたんですよ。最初は聞き間違いかと思ったんですけど、もう一度呼ばれたので「絶対におるわ!」と探したら、お母さんと一緒に歩いていました。ボクはテンション爆上がりで、写真を一緒に撮ってもらい、インスタグラムにアップしたら大きな反響がありました。
それはさておき、ゴルフを本格的に始めたのは現役を引退した21年のオフからです。ラウンド数が一気に増え、本気で上達を目指したのですが、22年8月6日にベストスコアの80(39・41)を出してから、結果が出ない日々に突入し、モヤモヤしながらゴルフを続けていました。
そして24年もベストスコアを更新できず、「このまま右で続けても成長しないな」と見切りをつけ、レフティ転向を決断しました。次号は25年に左打ちへの挑戦を始めてからのエピソードをお話しします。

岩田 稔
1983年生まれ、大阪府出身。05年大学生・社会人ドラフトで阪神入団。プロ入り3年目に10 勝を挙げる。翌09年に自身が発病している1型糖尿病の根治に向けた寄付・啓発活動を開始。21年現役引退。22年から阪神のコミュニティアンバサダーとして活動
週刊ゴルフダイジェスト2026年2月3日号より


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