【年間200ラウンド! 驚異の97歳】<後編>「ゴルフの課題は“脱力”。70年やっていても難しい」
週刊ゴルフダイジェスト
人生百年時代と言われるようになって久しい。元気な90代は少なくないが「神奈川県の平塚富士見CCに“とんでもない猛者”がいる」との評判をキャッチ。引き続き話を聞いていこう。
PHOTO/Hiroaki Arihara THANKS/平塚富士見CC

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- 人生百年時代と言われるようになって久しい。元気な90代は少なくないが「神奈川県の平塚富士見CCに“とんでもない猛者”がいる」との評判をキャッチ。早速コースを訪ねてみると……。 PHOTO/Hiroaki Arihara THANKS/平塚富士見CC >>後編はこちら 週4ゴルフプレーファストが身上 噂のスーパーゴ……
あと1年戦争が続いていたら
どうなっていたか…
竹内さんはもともと競艇(ボートレース)業界に従事していた。「笹川良一さんはご存じですか? 彼のもとでずっと働いておったんです」。2000年からは、現在のBOAT RACE振興会の会長職を8年間務めた。仕事の付き合いもあり覚えたゴルフは70年来の“友人”だが、さらにさかのぼると、竹内さんが生まれたのは昭和3年(1928年)。日本で初めての普通選挙が行われた年で、イギリスで女性参政権が認められる法律が施行された年。同年生まれには革命家のチェ・ゲバラや俳優の渥美清、漫画家の手塚治虫らがいる。愛知県に生まれ、幼い頃、株の取引で失敗した父親が出奔、母も失い、小5で寺に預けられる。戦争が激化してきた折で、飛行機乗りを志した竹内少年は、現在の航空大学校の前身である養成所を卒業したパイロットの“卵”だった。
そして、これは随分のちに当時の同僚からゴルフ中に聞かされて知ったことだそうだが、竹内さんの戦友6人は1945年8月13日付で知覧派遣を命じられ、訓練を受ける予定だったという。しかし、8月15日に終戦。戦友6人も竹内さんも飛び立つことはなかった。「あと1年、戦争が続いていたら我々はどうなっていたか……」と感じずにはいられなかったという。戦後は、民間航空会社のパイロットに転身しようとしていたが、身体検査で合格できずパイロットへの道は断たれた。
一緒に飛行訓練を受けていた仲間たちや教官と撮った貴重な写真。左端が竹内さん

そして、今……。週4回のゴルフライフ、クラブライフが完全に竹内さんの生活の中心になった。朝は、ラウンドがある日もない日も4時半起き。
「顔を洗ったらすぐに朝食の準備です。食事はコーンフレークに牛乳を200㏄とはちみつを入れたものを少し温めて。あと市販の野菜ジュースをコップに半分くらいと、森永のインゼリー。これでだいたい550~560キロカロリーになります」
「昼はゴルフのある日はコースのレストランで食べます。今日はなべ焼きうどんですが、ほかにもコロッケとかカキフライだとかのおすすめメニューを食べます。ラウンドのない日は寿司やステーキ、うなぎなんかを外で食べます。ときどきは、家で肉を焼くこともありますよ。朝が早いので昼食が9時半とか10時とか。ゴルフのない日でも10時半頃ですね」
食べるのは大好きで、コースのメニューも「おすすめ」とあらばチャレンジし、外食はお気に入りの店がいくつかあってローテーションしている。
夕食は午後5時ごろ。健康食品店から取り寄せた冷凍の総菜を「チンしています。ご飯は自分で炊きますよ。1回につき1合の半分くらいです。あと、インスタントの味噌汁も付けます。食べ終わったら、エゴマ油ともずく酢、チーズひとかけ、ヨーグルトも冷蔵庫から出して順に食べます。これが定番です。甘いものは糖尿病の心配もあるので控えています」とのこと。夕食後の過ごし方は、「テレビを見るのと、あとはパソコンで麻雀もやります。これが頭の体操になかなかいいんですよ。


コースでは仲間とのおしゃべりに花を咲かせ、食事もモリモリ。すべて健康の源
前立腺がんの手術も
「ゴルフができるようにやってください」
そして、寝るのは夜8時。起床が4時半だから睡眠時間は8時間半ですが、就寝中に2回起きるんです」。というのも竹内さん、81歳のときに前立腺がんの手術を受けたのだが「がん細胞が尿道にまで達したため、尿道を取らなければならなくなったんです。医師からは膀胱にも転移しやすいから膀胱も取ることを提案されました。それで私は『ゴルフができるようにやってください』と医者に頼んだんです(笑)」。結果、尿を受け止める袋をつけながらも、年に200ラウンド以上する活力をキープ。「ゴルフのため、3カ月に1回は病院で血液と尿検査をしてもらっています」
ゴルフを楽しむための体力づくりとして「スクワットを1日20回。腰に手を当ててやります。腕立て伏せも20回ぐらい。あとは、意図的な貧乏ゆすりを朝昼晩やるようにしています。要は足を動かすんですけど、これがラウンド中の足のつりの予防になっているように思います。あとは肩甲骨周りが固まってしまうのは良くないと思うんで、肩や腕をグルグルよく回しています。あと、テレビで見たんですけど、年を取ると肩が丸まりやすいから、それを開く、胸を張る動きもよくやっています」
それもこれも「ずーっとゴルフを楽しむため」。ちなみに、ゴルフで技術的に気にしているところは「脱力」という。「力を抜けと言われるんだけど、難しいねえ」。約70年の課題なのだという。
竹内さんがはつらつとプレーする様子に、周囲も触発されている。一緒にラウンドしたいというメンバーも多く、ラウンドが実現した後、その場で高齢の親に電話し「今日、竹内さんという人と回ったんだけど……」と話しだし「お母さんも元気でいてよ」と声をかけている人もいたとか。竹内さんの雄姿に感動し、自身の親を思い出して、話をしたくなったようだ。取材日に一緒にプレーした後藤さんは7年前に夫を亡くして落ち込んでいたところ、声をかけてもらい再びゴルフを楽しめるようになったという。竹内さんを中心に“ポッと優しい明かり”が平塚富士見CCに灯っているよう……。

「ゴルフを通じてできた仲間は財産です」
取材の日、竹内さんはトップスタートで9時過ぎにハーフを終えたが、後半は前に別組の姿。ホールアウトが近づいた頃、際立ってプレーファストの竹内組が前の組に追い付いた。前の組は、竹内さんより40歳か50歳か下だろうかという“若者”である。ティーショットに苦労し、右に左に曲げて「ワー」と嘆く様子が見て取れた。そんななか、4番目の“若者”のティーショットはクリーンヒット。そのとき、竹内さんが「ナイスショーッ」「ナイスボール」と、この日、一番の大きな声を掛けた。すると“若者さん”、帽子をサッと取り、ニコッと笑って「ありがとうございます!」
自分の楽しみを追求するだけじゃない、周囲を明るく照らす、これぞ、竹内さんのワンダフルゴルフライフ。


週刊ゴルフダイジェスト2026年1月27日号より


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