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【ゴルフはつづくよどこまでも】Vol.257「勝ちたい」パーパットは入らない

高松志門の一番弟子として、感性を重んじるゴルフで長く活躍を続ける奥田靖己。今週もゴルフの奥深い世界へと足を踏み入れていく。

PHOTO/Yasunari Okuda

>>前回のお話はこちら

1993年に琵琶湖CCの日本オープンで優勝した時は「クラブを感じて振る」、それだけをやり続けて回った結果、勝てたんです。無欲の勝利みたいなもんです。

その4年後の1997年の古賀GCでの日本オープンで、2度目の優勝のチャンスが巡ってきました。実は、大会に入る前に調子がすごく悪くて、これは絶対に予選落ちやと思ってたら4位で予選を通って、3日目終わったらなんとトップです。

ホールアウト後の記者会見で、関西のベテラン記者さんから「93年の琵琶湖のオープンのときは師匠(高松志門)に電話してたけど今回はしてないんか」と質問されて、僕が「してないです」と言うたら、「そら、絶対するべきや」と言われ、会見が終わってから電話したんです。

話をしてたら師匠が「奥田、言うてもええか」と言わはったので、「はい何ですか」と言うと。「ちょっとトップでこうなってるから、ちょっとこう上げたらどうや」とアドバイスをくれたんです。それで夕方から練習場に行って、指摘されたことを意識して練習しました。

翌日の最終日、出だしの3ホールはパー、ボギー、ボギーです。こらアカン、こんなんやっとったら全部ボギーになってまうと思って、次のホールから3日目までのスウィングに戻したら持ち直して、17番まで何とかトップできていたんです。

そやけど前の組で回るクレイグ・パリーが18番でバーディを取って、僕が17番にボギーで並び。最終ホールは入れればプレーオフのパーパットを外して1打差で2度目の日本オープンの優勝はできませんでした。17番は2パットでパーをセーブしてたら18番もパーが取れて優勝できていたかもしれません。

でもね、追い詰められて「勝ちたい」と思って打つパーパットは、取れないんですよ。ゴルフってそんなもんです。

25年の日光CCの日本オープンでの清水(大成)くんもそうやったんでしょうね。やっぱり4打差で迎えた最終日は“守った”んやろうね。「勝ちたい」と思うと追い詰められるんです。

でも、本人が絶好調の状態で負けてたわけやないので、彼はこの負けを引きずることなく、2026年もやってくれる思います。

2026年は“無欲”でいけたらええですね!

奥田靖己

おくだせいき。1960年、大阪生まれ。93年日本オープンなど6勝。シニアで2勝。ゴルフの侘び寂び、温故知新を追求する

週刊ゴルフダイジェスト2026年1月6・13日合併号より