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【ゴルフせんとや生まれけむ】三遊亭小遊三<前編>「円楽さんはオレのラッキーボーイ」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、落語家の三遊亭小遊三氏。

この間、戸田パブリックに行ったのよ、カミさんと。ハーフだけ回った。スコア? 51。カミさん51。すっかりオレよりうまくなっちゃってさ。悲しいけど、勝つのはもう無理かな(笑)。だって、やっこさん、天気がいいと布団を干して、それからひょいっとコースに出かけるんだよ。戸田までクルマで15分くらいだから。

こっちはコースに出るのが年に10回くらいだろう。その差は大きいよ。最初はオレが教えたのに、いまやすっかり上から目線だから(笑)。まあ、オレのほうもそんなカミさんを意識するもんだから、力が入ってドスライスするし、もう力の入れようがわかんなくなっちゃった。飛距離? 飛距離は著しく落ちたよ。かつて金井清一プロが「70を過ぎたら年に10ヤードずつ飛ばなくなる」と言っていたけど、間違いなく100ヤードは落ちた。昔は仲間内じゃ飛ばし屋で250ヤードくらい飛んでね、自分でもゴルフは飛ばしてナンボと思っていたのに、カミさんに置いていかれるようになったんだから悲しい(笑)。

ゴルフに行くのはほとんどカミさんと。10年くらい前に体調が悪くなってからは、人に迷惑をかけちゃいけないから、カミさんと行くことが多くなった。あと、たまにアゴで使える後輩と(笑)。まあ、昔の話をすると嫌われるから言いたくないんだけど、昭和60年だったかな、バブルの絶頂期に埼玉県の児玉にオープンしたゴルフ場の会員権を買ってね、その頃は月に2回は行って、ハーフ50切るか切らないかだったのが一気に40台前半で回れるようになった。

生涯ベストスコアは78。東千葉CC西コースで、円楽さん(6代目)のコンペで出したんだけどね。たまたまコンペの日の夜、ヨネックスの会長と対談する予定が入っていて、そこにベストスコアのカードを持ってこいって言われたの。それまでのベストスコアは79で、距離の長い茨城ゴルフ倶楽部・東コースのバックティーから回って出したスコアだから記念に取っておいて持参したら、昼間の円楽さんのコンペで78を出したから、それが生涯ベストスコアになっちゃった(笑)。

円楽さんはオレのラッキーボーイでね、初めてホールインワンを出したのも円楽さんのコンペ。沖縄で円楽さんの襲名披露興行があって、翌日、サザンリンクスGCで10組くらいのコンペを開いた。池越えの155ヤード、グリーンが高くて、入ったのは見えなかったんだけど、6番アイアンで打ったら、ハーフトップ気味で池ポチャかと思ったら手前の土手でポンとはねて前の組の人たちが「入った!!」と。

でも円楽さんの仲間だから嘘ついてると思った。そしたらグリーンに先に上がった円楽さんがカップをのぞいて「チェッ、入ってやがら」だって(笑)。そのちょっと前に、ホールインワン保険をどうするかでカミさんと話をして「どうする?」「どうせ入らないんだから無駄じゃない」「じゃ、やめるか」なんてさんざん迷った末に30万円の保険に入った。それで記念のTシャツを200枚作って円楽さんにも差し上げたら、高座でお客さんの前で広げて「こんなものいらねえ」って(笑)。まあ何をやっても楽しかったなあ。

>>後編につづく

三遊亭小遊三

さんゆうてい・こゆうざ。1947年生まれ。山梨県大月市出身。明大在学中の68年、三遊亭遊三に入門。83年真打昇進。同年秋より『笑点』のレギュラー。2001年文化庁芸術祭優秀賞受賞。落語芸術協会参事

週刊ゴルフダイジェスト2025年12月30日号より