「いつかマスターズでローアマを」東京2025デフリンピック 袖山哲朗・由美夫妻の挑戦<後編>
週刊ゴルフダイジェスト
11月15~26日、日本で初めての「デフリンピック」が東京で開催され、21競技の中にはゴルフ競技も採択されている。そこに日本代表として出場する袖山哲朗と世界デフゴルフ連盟事務局メンバーでもある袖山由美。ようこそ、音のない世界へ――情熱と集中力を持って取り組むデフゴルフの世界を紹介する。
PHOTO/Tsukasa Kobayashi、日本デフゴルフ協会、本人提供

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- 11月15~26日、日本で初めての「デフリンピック」が東京で開催され、21競技の中にはゴルフ競技も採択されている。そこに日本代表として出場する袖山哲朗と世界デフゴルフ連盟事務局メンバーでもある袖山由美。情熱と集中力を持って取り組むデフゴルフの世界を紹介する。 PHOTO/Tsukasa Kobayashi、日本デフゴルフ協会、本人提供 >>……
ゴルフでつながって、
つながって、つながっていく
袖山由美は、73年生まれ、東京都出身。ろう学校を卒業後、大手企業に就職したものの単身渡米、アメリカの大学で学び直し修士号を取得。帰国後も外資系の企業に勤めたりしながら活動を広げ、その存在感が映画『みみをすます』(2005)のモデルにもなる。哲朗の体を支えるためアスリート・フードマイスターの資格を取得、それ以外にも、聴導犬の普及や英語の手話教室で世界に羽ばたく子どもを育てる活動などもやってきた。日本語、日本手話、アメリカ英語、アメリカ手話、韓国語、韓国手話、香港手話、台湾手話、スペイン語、国際手話の“10の言語”を操る才女である。
とにかくパワフルな人だ。そのポジティブさに自然と周りに人が集まってくる。ゴルフを始めたきっかけは12年にアジアで初めて行われた世界デフゴルフ選手権(津CC)で、コミュニケーション部門のプロデューサーとなったこと。ゴルフの用語がわからず、哲朗さんにゴルフを教わるようになった。これが運命の人との出会いともなったのだ。2人は結婚し、由美は哲朗のキャディを務めたり、世界大会の事務局兼通訳として世界中を回るようになる。
「こんなにゴルフに深く関わるとは思っていませんでした。でもゴルフは特別です。運営にも関わって経験して、今まで見たことのない世界に連れていってくれた。ゴルフはつながって、つながって、つながっていく。ゴルフというものに人もいろいろな考え方も集まってきます。最初に世界デフゴルフ連盟理事長から理事にならないかという打診が来たときは、理事全員が白人男性でした。でも、悩むより“やってみたいな! という気持ちが勝ってしまうんです。DPワールドツアーやドバイのツアーなどの健常者の方とのつながりも増えました」(由美)
由美は、2022年の総会で、世界デフゴルフ連盟メンバーから満場一致で選任され事務局に入った。また、R&Aの女性リーダー育成のための国際的なゴルフ業界向けプログラム、R&A女性リーダーシップに参加し修了もしている。由美自身が、多様性の象徴であり、何よりその通訳やコーディネーターなどの仕事への情熱的な献身ぶりを誰もが理解しているのだ。
デフリンピックは無料で観戦できる!
さて、デフリンピックは1924年のフランス・パリ大会から始まった。そして今年、アジアでは台北に次いで、東京での開催が決まったのだ。
「デフリンピックはIOCと連携しており、オリンピックにゴルフを導入することが決まったとき、既に世界デフゴルフ選手権をやってきた実績があったため、同時進行でデフリンピックにもゴルフ導入が決まりました。オリンピック2016にゴルフが導入、デフリンピック2017にゴルフが導入されています」(由美)
東京2025デフリンピック「ゴルフ競技」は、11月18~20日に個人戦、21日に団体戦を若洲ゴルフリンクスで行う。個人戦はストローク競技、男女混合のチーム戦は男女1人ずつでペアを組み(1カ国につき2ペアまで)フォアサム形式で行われる。
国際試合においては、聴力55㏈(※)以上かつ補聴器を外してプレーする。特例によりOBかどうかの判定を旗で知らせる監視員を設置するケースもある。クラス分けも年齢分けもなく、男女は別部門となる。ルールは、JGAのゴルフ規則に完全準拠している。日本選手は袖山を含めた男性3名、女性2名。会場の若洲ゴルフリンクスは、無料で観戦できる。
「見ることができるのは1番ティーイングエリアと9番グリーン、10番ティーイングエリアと18番グリーンだけですけれど、来てくださった皆さんと気持ちがつながったらいいなと思います」(由美)
哲朗の目標は、個人戦、団体戦ともにメダルを取ることだ。
「このコースは関東ジュニアで当時のベストを更新したり、日本のPGA主催の試合、フィランスロピーで2年前に67を出したコース。世界のプロゴルファーも4人出場しますから(海外からの有力選手――アメリカのケビン・ホールはPGAツアープロで23年にAPGAツアーで優勝、インドのディクシャ・ダガールは17年のデフリンピック女子個人で銀メダル獲得、21年のデフリンピック女子個人では金メダルを獲得している)、彼らを倒してメダルを獲得したい。日本が強いとアピールしたいですし、デフのいろいろなコミュニケーションの取り方など、ぜひ雰囲気を見てください!」(哲朗)
ここで簡単な手話をご紹介しよう。パーは片腕を大きく広げて「セーフ」の形を、バーディは小鳥がパタパタ羽ばたくような形で表現する(下の写真参照)。


選手たちには音がなくてもほとばしる情熱がある。そして、さまざまな技術がある。ぜひ選手たちを応援して我々の「キラキラ」を送ろうではないか。
袖山夫妻には、その先にも大きな夢がある。
由美は、「自分の夢はいっぱいありすぎるから」と笑いながら、「大きな夢でいつになるかわからないけど、彼(哲朗)がマスターズのローアマを取った姿を見たい。あとは、松山英樹プロと話をする姿も見てみたいです。ゴルフの考え方など勉強になると思うんです」
哲朗は、選手の自分とデフゴルフの未来、両方を見据えている。
「世界大会で団体戦と個人戦で1位を取ること。また、メダルを取るチームを作りたい。だから若者を発掘しているんです。自分自身はもっと努力しないといけない。結果が出ないとゴルフはつまらないですから。でも、妻と時々エンジョイゴルフを楽しみたいですね。また、今の時代は共生社会と言われています。誰一人も取り残さないこと。ゴルフ界は今、バラバラです。JGA、PGAなどと僕たちがもっと協力して日本のゴルフ界を盛り上げていきたい。健常者も障害者も――片麻痺の方も切断された方も知的障害のある方も一つにまとまったらいいな」
大きな世界大会に詰まった数々の小さな夢が「キラキラ」と輝く。(文中敬称略)
週刊ゴルフダイジェスト2025年11月25日号より


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