【岡本綾子 ゴルフの、ほんとう】Vol.828「やめたいと思う気持ちがあるうちはまだ上手くなれるポテンシャルがあると思います」
米国人以外で初めて米女子ツアーの賞金女王となった日本女子ゴルフのレジェンド・岡本綾子が、読者からの質問に対して自身の経験をもとに答えていく。
TEXT/M.Matsumoto
「やめたくなった時期もあった」という話から「やってて良かった」という話がインタビューまでありますが、実際にそんなにやめたくなるものでしょうか?(匿名希望・44歳)
覚悟を持って努力を重ね、試練を乗り越え続けてきた道。
苦しくかけがえのない歩みをある時点で止めるときが来たとしたら、アスリートにとっては現役引退が頭のどこかにあると思います。
ケガや病気など身体の不調を抱えていたわたしも、40歳を過ぎて以降ずっとその思いが心にありました。
アスリートには、自分の意志ではなく外的要因によってやめざるを得なくなる時と場合もあります。
年齢による衰え、ケガや病気といった故障のほか、思いがけない事故や事件に巻き込まれる場合だってあるかもしれません。
でも、自分がその気があるなら続けられるけど諦めてやめてしまう。
そのやめたくなるときのことが今回のテーマですね。
パリ五輪、レスリング女子53キロ級で金メダルに輝いた藤波朱里選手は、中学2年生のときから続いている公式戦負けなしの記録を137連勝にまで伸ばすことになった決勝の戦いを終えた直後に、「オリンピック最高! レスリング最高! やっていてよかった!」と、喜びを爆発させました。
勝利を決めた後、コーチでもあったお父さんに飛びつくこの瞬間を目指して続けてきた長い間の努力が報われたんだと伝わってきました。
この、やっていてよかったという言葉、ここに到達するまでには気の遠くなるような練習や苦しい逆境を乗り越えてきたんだなと──。
当然、成し遂げるまではやめたくなる時期はあるでしょうし、わたしも何度か似たような気持ちを経験したことがあります。
プロアスリートなら、いつか必ずやめざるを得ない時期が来ますが、やめるのは簡単だし誰も止めません。
近年の女子プロゴルフ界では、まだ余力を残していそうな選手が引退宣言をしますが、その選手が、数年もしないうちに現役復帰するケースもありました。
これは何らかの理由でやめはしても、いざ第一線を離れてみると、現役時代の環境に未練があって、もう一度やりたいと思うということでしょう。
そうさせるのは、自分から言い出した引退が、ほんとうにやめざるを得ない境遇にまで追い詰められてのものではなかったからだろうと思うのです。
わたしが現役だったころは、軽はずみに弱気な発言ができない昭和の気質が残る時代だったので、自分からもう限界とかダメかなと口にするのはややタブーとされていました。
そんな空気の中、練習が上手くいかず迷ったり悩んだりしていると、たとえば優しい先輩がこんな声を掛けてくれる。
「今は苦しいかもしれないけど、この壁を乗り越えれば必ず成長できるから!」
何をやってもダメなときに、コーチや先輩からこうした声掛けをしてもらえることがあるかと思いますが、結果的にそれがやってきてよかったと言える努力の継続を支えてくれることがあると思います。
しかし、苦難を乗り越え成功をつかんだアドバイスをする人だって、弱気になり先が見通せなくて不安になり、それこそやめたくなることだってあったはずです。
ただ、何もかも放り出しやめたくなったとしても、問題が解決するわけでもないし、事態の好転もありません。
上手くいかない原因は何か、自分自身で現状としっかり向き合って考えなくてはいけません。
やめるのは、ほんとうに簡単です。
ちょっと逆説的な発想ですが、諦めてしまう前にやめる理由を探してみるのも、やめない工夫かもですね(笑)。
だからこそ、やっててよかった自分に出会えるのだと思います。
「やめざるを得ない状況でなければ、続けるべきだと思いますよ」(Illustration by AYAKO OKAMOTO)
週刊ゴルフダイジェスト2024年9月10日号より