【ゴルフイップス解体新書】#5<神経不全型(運動障害)>脳の“勘違い”がミスを引き起こす!?
イップスには大きく分けて3つの原因があると石井氏は分析するが、そのひとつが「神経不全型」。プロや上級者に多く見られ、一度なってしまうと克服が非常に困難なタイプだという。果たしてどんなメカニズムなのか?
GD 今日はイップスの原因の3つ目、「神経不全型」について伺いたいと思います。このタイプのイップスは、長年の鍛錬によって強固なメンタルモデルが作り上げられた人でないと起こり得ない、というお話でした。
石井 そうです。プロや上級者が直面する“本物のイップス”はこの「神経不全型」に該当します。
GD そもそもメンタルモデルとはなんですか?
石井 そうですね……エスカレーター現象はご存じですか?
GD ああ、止まっているエスカレーターに乗ろうとすると足がガクンとなるあれですね。
石井 そう。あれは私たちの脳が、これから起こることに対して体の動きを自動的に調節しようとするから起こること。このように、「こういう状況ではこうなるはずだから体をこう動かそう」という脳内で作り上げられたモデルのことを、「メンタルモデル」と呼びます。
GD なるほど。
石井 こうしたメンタルモデルは、経験や訓練によってより強固なものとなっていくのですが、ゴルフのスウィングも同じで、繰り返し練習するなかで、メンタルモデルとして確立していきます。そしてこのメンタルモデルの一部が何らかの理由で欠損し、正しく制御ができなくなった状態。これが神経不全型のイップスです。
GD なぜこのタイプは上級者にしか起こり得ないんですか?
石井 練習量の少ないアベレージゴルファーはメンタルモデルそのものが十分に確立されていないからです。
GD 我々のように打つたびにスウィングが変わるようなレベルでは、欠損するべきメンタルモデルが出来上がっていないということか……。
石井 まあ、ぶっちゃけそうですね。そしてメンタルモデルが高度に確立された上級者には、“異変に気づける”という特徴があります。
GD 異変に気づける?
石井 たとえば、ドライバーショットのインパクト時に、右手を離す選手がいますよね。
GD ああ、松山英樹選手がティーショットでたまに離しているシーンを見ます。
石井 あれはダウンスウィングに入ったときに、「このままでは引っかけてしまう!」というスイングの異変に脳が気づき、とっさに右手を離すことでエラーを修正しようとする動作なのです。
GD 結果フェアウェイの真ん中にボールが飛んでいて、傍から見れば「なんだ、ナイスショットじゃん」と思ってしまいますが、松山選手の脳内ではコンマ何秒の間にものすごい調整が働いているわけですね。
石井 はい、脳科学的には「エラー関連電位」が働いていると考えられるのですが、要は、意図した動作が間違いそうになったときに、脳が瞬時に修正しろというシグナルを発し、無意識のうちに体の動きを修正しているのです。
エラーを察知した脳がとっさに指令を出すことでミスを回避。メンタルモデルが強固なトッププロだからこそなせる業だ(PHOTO/Blue Sky Photos)
GD これがイップスと何か関係があるのですか?
石井 あくまで仮説ですが、このエラー関連電位が働き、「とくに必要がないのに修正してしまう」という現象が、上級者のイップスの正体だと考えています。
GD とくに必要がないのに……つまりスウィングにエラーが起こったわけではないのに、脳がエラーがあったと勘違いして手を離してしまうというような?
石井 そうです。正しく作動している限りはミスを防ぐ素晴らしい能力なのですが、これが意図せず作動するようになってしまうと、スウィングがおかしくなります。ショットに限らず、パッティングで勝手にパンチが入ってしまうとか、逆に手が止まってしまうといった現象も、はじめはプレッシャーのかかる環境下でたまたま出てしまっただけのものが、トラウマとして脳に刷り込まれていく中で強化され、同じような環境下に来たときに、不必要な修正動作として勝手に発動するようになってしまう。こうなると立派なパターイップスです。
GD こう聞くと、たしかに我々レベルの「イップス」とは全然別物という気がしてきました。
石井 だからこそ、神経不全=運動障害なのです。ゴルフに限らず、野球、テニス、楽器演奏など、高度に鍛錬された運動技能の持ち主だけが、この本物のイップスに苦しみます。でも裏を返せば、アベレージゴルファーがイップスと思っているものは、早い段階で適切な処置をすればすぐに克服できる可能性が高いともいえます。一方上級者のイップスは、運動障害なので克服するのが非常に難しく、時間がかかります。ただ、パターを長尺に替えるなど、エラーの起こるメンタルモデルを上手く回避する方法もあるのです。
GD よく理解できました。では次回は、どんなタイプのゴルファーがイップスに陥りやすいのかを教えてもらおうと思います。
#4 自己暗示型イップスの特徴<< | TOP | >> #6 イップスになりやすい人って?
石井 亘
いしい・わたる。ゴルフ好きのメンタルコーチ。「本来の力を発揮させる!」を信条に、20年にわたり、プロやテスト受験生、アスリート、音楽家、医師、経営者、中高生など1000人近くを指導。「メンタルトレーニング石井塾」主宰