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【ゴルフせんとや生まれけむ】なべ・おさみ「ジャンボメモリー① ジャンボと50年。ゴルフ指導はゼロ」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、なべ・おさみさん。

ゴルフとの付き合いはかなり長いですね。もう50年以上になるかなあ。芸能界にデビューしてすぐの頃、大学の先輩が「お前もゴルフをやれ」って無理やり僕を三越に連れて行って、道具からウェアまで全部揃えてくれたの。昔はゴルフといえばブルジョアっていうか、お金持ちの遊びのような感じだったでしょう。

僕はその頃、まだペーペーでゴルフをやれる身分じゃなかったし、先輩と一緒に練習場に行っても自分が打つよりも先輩が打つたびにボールをセットするのが係だったから、全然面白くなかった。真剣にゴルフに向き合うということもありませんでした。


そんな時に学生の頃から付き合いのあった片山康プロに「すごい新人が出てきたよ。紹介するからついておいでよ」って言われて習志野の自宅で初めて会ったのがジャンボ尾崎。その前年にデビューしたばかりだったから71年だったと思うね。歳は僕のほうが8歳上だったけど、何となく意気投合してすぐに仲良くなった。そこからだからジャンボとの付き合いも50年以上。今思うとあっという間だった。

ジャンボと仲が良かったというと、誰もが「もちろんジャンボさんにゴルフをいろいろ教えてもらったとがあるんでしょう?」って当然のように聞いてくる。でもね、50年間でいっぺんたりともない。これホントだよ。 そもそもゴルフって習ってできるもんじゃない。自分がやるもんだからね。

それに、ジャンボのすごさを目の当たりにしちゃったからゴルフは僕のやるもんじゃない、ジャンボに任せておけばいいって早いうちに勝手に決めちゃった(笑)。 だから、若い頃に39・39の78というスコアを1回だけ出してそれが自己ベストだけど、それは何かの拍子にたまたま出ただけ。正直言って一度でも上手になりたい、他人に勝ちたいって思ったことがないんだよね。

ただ、自慢できることがあって、練習なんてまったくしないのに、なぜかドライバーだけはしっかり飛ぶんだ。何しろ今みたいにドライバーの性能がいい時代ではない大昔、ある大きなコンペに出てパーシモンの小さなヘッドで274メートル(その当時はメートルを採用していた)飛ばしてドラコン、その後、269メートルでまたドラコンを取った。

ある時、ジャンボ軍団の面々とゴルフをしたことがあった。僕が飯合肇や金子柱憲、東聡らの前でティーショットを打とうとしたら、ジャンボがいきなり「おい、みんな、ちゃんと見てろよ。なべちゃんの第1打はすごいぞ。プロ顔負けだ」って声を掛けてくれたんです。で、打ったら確かに自分でもビックリのナイスショット! 

意気揚々と歩いていこうとしたら、ジャンボが「すごかったね、なべちゃん。さすがだ」って褒めてくれた。と、そこまでは良かったんだけど続けて「でも、第2打からは見なくていい。ただの下手。ビギナー以下だから」。

これには軍団の面々も大笑い。こんな感じでジャンボの周りにはいつも笑いが絶えなくて、ほのぼのとした雰囲気が漂っていた。まさに軍団の大親分。その存在の大きさは誰もが認めるほどだったね。


なべ・おさみ

1938年東京生まれ。明治大学卒業後芸能界に入り、コメディアン、俳優、司会者などで幅広く活躍。今は亡きジャンボ尾崎との交流は50年以上に及ぶ。ベストスコアは78

週刊ゴルフダイジェスト2026年10月27日号より

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