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【名手の名言】林由郎「他人の技術を盗んでも泥棒にはならない」

レジェンドと呼ばれるゴルフの名手たちは、その言葉にも重みがある。ゴルフに限らず、仕事や人生におけるヒントが詰まった「名手の名言」。今回は、日本プロゴルフの黎明期に活躍し、その後青木功などの名選手を育てた林由郎の言葉を2つご紹介!


他人のものを盗んだら泥棒だが
他人の技術を盗んでも泥棒にはならない

林由郎


林は10歳で自宅近くの我孫子GCでキャディのアルバイトを始めたことから、プロゴルファーへの道を開いた。

16歳でプロになったのだが、技術習得はもっぱらお客さんのフォームを盗むことから始まった。

林がビッグタイトルを総ナメにする飛躍をしたのは、当時の超一流である、戸田藤一郎、宮本留吉からスライスの技を盗んだのがきっかけだった。それまでフックしか打っていなかったが、技術の幅が広がったのだ。

「技術は教わるものでなく、盗むもの」。この精神は後に弟子になる青木功、尾崎兄弟、福嶋晃子にまで受け継がれた。また樋口久子は全米女子プロを制する1977年のオフに、林が所属するコースを訪れ、バンカーの技を“盗んで”帰り、それが勝利の一因にもなったという。

名選手でありながら名伯楽であった稀有な例だった。


真っすぐな球ほど信用できないものはない

林由郎


林はプロ入りした頃はフック一筋でガンガン飛ばしていた。ところが、当時トップにいた宮本留吉、戸田藤一郎とエキジビションでラウンドした折、左足下がりのライでのショットをなんと空振り。フック打ちには苦手なライであった。

試合後、戸田にアドバイスを受けてスライスの球筋習得に一念発起。林を大成させる源となった。

「ボールのイメージというのは曲線が描きやすい。フックめとか、スライスめとかいうけど、ストレートめとはいわないだろ。どうやって打ったらストレートになるか、そのスウィングのイメージが湧かないからだ」に続いて、冒頭の言葉へとつながるのだ。

かつて賞金王に上り詰めた藤田寛之も、同じことを言っている。

「ストレートで狙おうと思ったことは一度もありません。人間である以上それは不可能。曲げて計算するのです。それはパットでも全く同じです」

名手の「言葉」は受け継がれていく――。

■林由郎(1922~2012)

はやし・よしろう。ゴルフは10歳の頃、自宅近くの我孫子GCでキャディのアルバイトをしたのがきっかけ。プロ入りは昭和13年、16歳の時。だが戦前はプロ活動はほとんどなく、兵役にとられた。戦後になって、才能は一気に開花。戦後再開の公式戦、関東プロ、日本プロ、日本オープンの3戦をとり、一躍、中村寅吉とともにプロゴルフ界興隆の担い手となった。その後も順調に実績を重ね、日本オープン2勝。日本プロ4勝。関東オープン、関東プロ各2勝。ワールドカップへも参加。青木功、尾崎将司、尾崎直道、飯合肇、福嶋晃子など賞金王・女王を育てた名伯楽として知られる。七色の球筋を操り、我孫子弁での朴訥なレッスンも評判を呼び、一世を風靡した。