稲見、小祝、渋野……大舞台でも「緊張しない」のには理由があった。キーワードは“Z世代”
女子ツアーを盛り上げる黄金世代やプラチナ世代。彼女たちの共通点は「緊張しない」と口にできる強いメンタルだ。専門家に話を聞くと、どうやら時代背景が大きく影響しているという。
若手女子プロは緊張しない世代!?
東京五輪で、ゴルフ競技として日本人初の銀メダルを獲得した稲見萌寧。2日目にスコアを6つ伸ばし、3日目にも3つ伸ばし、順位は金メダルを狙える3位タイまで上がった。日本開催でファンのみならず全国民の期待が高まり、相当なプレッシャーのかかる場面。当然、記者たちの質問は優勝争いの行方やメダル獲得に集中する。「最終日に向けて緊張はありますか?」という質問に対し、稲見はこんなふうに答えている。
「あまり優勝争いをしているという感覚がありません。そもそも私、緊張しないんです。見ているみなさんが一番楽しめるのって、スコアが伸びて順位がどんどん上がっていくことだと思うんです。そのほうがプレーしている自分も楽しいですし、上手くスコアを伸ばしていきたいです」
その言葉通り、緊張を感じさせないまま、銀メダルを獲得した。
稲見萌寧
「ワタシ緊張しないんです」
今季ツアー8勝、東京五輪銀メダリストの稲見萌寧は「まったく緊張しない」タイプ。東京五輪コーチの服部道子は「マイペースでプレーできますので安心して見ていられました」と語っている
さて、昨今の女子ゴルフ界をリードするのは、黄金世代(98年生まれ)、プラチナ世代(00年生まれ)、そしてその間に位置する狭間世代(99年生まれ)といった20代前半の若手プロたちだ。そして狭間世代の稲見に限らず、彼女たちに共通するのが、緊張やプレッシャーとは無縁に見えるメンタルの強さだろう。
たとえば賞金ランキングで稲見を追う、黄金世代の小祝さくら。今年の開幕戦、ダイキンオーキッドでの優勝コメントは「今日が最終日だと思っていなかった」と不思議すぎる発言。オフの早い時期から「賞金女王を目指す」と公言してきたが、一方で「目標であって達成できなくても死ぬわけではないですし」とプレッシャーとは無縁のキャラを見せている。
同じ黄金世代の勝みなみも「楽しんでゴルフしよう」と、念願のメジャー、日本女子オープンを制覇した。賞金のかかった大舞台でも“楽しみたい”というコメントを発せられるのは、若手女子プロの大きな特徴だろう。
またコメントを注意深く聞いていると、黄金世代の渋野日向子やプラチナ世代の西村優菜などは、「ギアを入れる」という言葉をよく使っている。これもメンタルコントロールのひとつの方法なのかもしれない。
小祝さくら
「最終日と思ってなかった」
緊張やプレッシャーとは無縁の天然ぶりは女子ツアーでも有名だ。優勝争いをしている最終日でも「最終日とは思っていなかった」というメンタルの強さ。これは天然なのか!?
勝みなみ
「楽しんでゴルフしたい」
日本ジュニア、日本女子アマ、日本女子オープンローアマ、そして日本女子オープンと日本タイトル4冠に輝いた勝みなみ。メジャー大会でも「楽しんでプレーしたい」という強いメンタルを見せた
渋野日向子「いけると思いギアを入れた」
西村優菜「スコアを見てギアを上げた」
もっともプレッシャーを感じない、緊張しない、などということが本当にあるのだろうか? あるのだとして、そのようなメンタルの強さは、どのような理由で生まれ、そしてどのように育まれてきたのだろうか。
それを解明するヒントとなるキーワードが「Z世代」だ。聞き慣れない言葉だが、専門家の話に耳を傾けてみよう。
25歳以下の「Z世代」は
驚くほどマイペース
解説/原田曜平氏
1977年生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、博報堂に入社。博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーに。退社後、マーケティングアナリストとして活動。若者とメディアをテーマに次世代に関わる様々な研究を実施。「さとり世代」の名付け親でもある。著書「Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?」(光文社新書)
「女子ゴルフ界の中心を担う黄金~プラチナ世代はZ世代、アメリカでは『ジェネレーションZ』と呼ばれる世代です」と語るのは、若者文化に詳しい原田曜平氏だ。20代後半から30代半ばを「さとり世代」と命名した人物でもある。Z世代はその下であり、年齢的には25歳以下の若者を指す。
原田さんによれば、これまで国ごとに世代論が語られてきたが、インターネットの発達により、インスタグラム、ティックトック、フェイスブック、ツイッターなど世界中で使うものが同じになった。そのためアメリカの世代論が日本でも使われるようになったのだという。
「Z世代は日本でいえばアベノミクスの好景気のなかで育った世代です。超少子化で人手不足、さらにスマホ第一世代という時代背景が大きく影響しています。少子化ですから高校や大学は入学しやすいですし、人手不足だからバイトや就職も苦労知らず。つまり好きなことをやっていても何とかなる、という感覚があるんです。それが特徴のひとつであるマイペースにつながっています。周囲に流されることがないのでプレッシャーとも無縁。またアスリートは若いほうが有利といえますが、少子化で子供の数は減っているのに東京五輪でのメダルの数は増えています。これもZ世代の強さを示しています」
Z世代のもうひとつの特徴が自分本位。原田氏によると自分本位とは“自己承認欲求”だという。
「スマホ第一世代の彼女たちは、自分が発信すれば“いいね”がもらえてフォロワー数が伸びるわけです。そうしたSNSが当たり前の世代でもあります。だから“欲”はあるんです。一方で親のため、社会のためといった意識は希薄で自分が良ければいい、別に失敗しても死ぬわけじゃない、そういう自分本位でマイペースなところが強さの秘密ではないか」と原田氏は分析する。賞金女王を目指す小祝さくらの「達成できなくても死ぬわけじゃない」というコメントと見事に重なる。
日本の世代分布
1947-1951年生まれ | 団塊世代 |
1966-1970年生まれ | バブル世代 |
1971-1974年生まれ | 団塊ジュニア世代 |
1983-1995年生まれ | さとり世代(ゆとり世代) |
1995-2010年生まれ | Z世代 |
さとり世代(26~38歳)の特徴
「安定志向」「欲がない」
リーマンショックなど不景気のなかで育った世代。消費欲がなく、超安定志向な傾向が強い。ガラケー世代でSNSも未発達なため、知り合いのみの内向きなタイプが多い。原田氏はその特徴を消費離れや行動範囲の狭さから「スモールライフ」と表現する。
Z世代(11~25歳)の特徴
「マイペース」「自己承認欲求」
好景気・少子化で高校&大学入学、就職など、いい社会状況で育ったのがZ世代。その特徴であるマイペース、自分本位はスポーツとの相性もいい。「比較的裕福な人たちが子供を産む時代ですから経済的な余裕もあり、子供にかけられるお金も増えています。ですのでアスリートを育てる環境もいいんです」(原田氏)
週刊ゴルフダイジェスト2021年11月2日号より