コーチ、キャディ、トレーナー…ゴルフは今やチームスポーツの時代へ
PHOTO/Taku Miyamoto、Tadashi Anezaki、Hiroaki Arihara、Hiroyuki Okazawa、Takanori Miki
ゴルフは個人競技である。だが、ツアーの最前線では様相が変わってきている。選手を中心としたコーチ、トレーナーなど「チーム」でツアーを戦っているのだ。海外&国内ツアーをよく知る解説者、プロコーチに話を聞くと「個」から「チーム」への流れは当然の結果だという。
マスターズ制覇の快挙を
「チーム松山」でつかんだ
松山英樹のマスターズ制覇は、日本ゴルフ界にとって歴史的な快挙だ。マスターズに出場して10年目の栄冠となったが、この勝利の一因といえるのが、目澤秀憲コーチの加入だろう。人生で初めてコーチを付けた松山は、
「新しいことを試すのは勇気がいりますが、目澤さんのアドバイスが背中を押してくれました。スウィングを変えるきっかけを目澤さんが与えてくれたんです」
小誌連載『世界基準を追いかけろ!』でお馴染み、女子プロの河本結や有村智恵を指導する目澤コーチとのタッグは今年1月からスタート。飯田光輝トレーナー、早藤将太キャディ、通訳のボブ・ターナー氏、そしてギア担当の宮野敏一氏を加えた新たな「チーム松山」が誕生したのだ。
トーナメントは個人競技である。選手の実力のみで勝敗が決まる世界だが、実は選手を支えるチームの存在が不可欠なのだ。マスターズ優勝後のリモート記者会見で松山はこう語っている。
「目澤コーチと出会えたことで新たな発見とか、こうしたらいいんじゃないかなど、いろいろ意見を出してくれて、そういうコミュニケーションが取れたことで、今までとは違うプレーができました。前週のバレロテキサスオープンでは、よくない3日間が続いて、なんでこんなに怒っているのかと自分にあきれていましたが、マスターズの週になるとスウィングもフィーリングもよくなってきて、『怒らずにここまでやってきたことを信じよう』と。状態が上がってきたことでミスも許せる気持ちになれました。キャディやトレーナーなど、チームのみんながいるからこそ、“怒らないプレー”を心がけられたことが、今回の優勝につながったんだと思います」
記憶にある人は多いだろうが、今年のマスターズでの松山は、とにかく笑顔が多かった。それは単に状態のよさだけではなかったのかもしれない。マスターズという晴れ舞台で戦っていたのは、松山ひとりではなかったのだ。目澤コーチが新加入した「チーム松山」は、メンバー全員の力で偉業を成し遂げたのだ。
「コーチ、キャディ、トレーナーと話をして徐々によくなった」(松山)
弾道測定器を使い、毎打データを確認。目澤コーチのアドバイスのもとクラブ軌道、出球の方向性などをチェック。松山の感覚を補完する目澤の客観的な“目”が大きな変化を生んだのだ。マスターズの練習後に松山は「今週はいけるかもしれない」と新たな手ごたえを感じ取っていた
スウィング、アプローチ、パット
コーチの役割は細分化している
解説/佐藤信人
ツアー通算9勝。JGTO広報理事。海外経験が豊富でテレビなどの解説者としても活躍。小誌で「うの目、たかの目、さとうの目」を連載中
まずは米ツアーの「チーム」事情を知るため、海外経験が豊富な佐藤信人プロに聞いてみた。
「米ツアーだけでなく、欧州ツアーも含め、トップ選手のほとんどは、コーチを付けています。当然、専属トレーナーや専属キャディなどは当たり前ですし、個人ではなく、チームで戦うのが普通という状態です。そういう意味では、日本ツアーはまだまだチームが少ないかもしれません」
なぜ日本ではチームで戦うスタイルが根付かないのだろうか?
「資金力の差が大きな理由です。コーチ、トレーナー、キャディなどを雇ってチームを作るには、お金が必要ですから。日本ツアーと比べ、米ツアーは賞金額やスポンサー契約料などが大きいです。日本の選手たちも本当はチームを作りたい、そう思っていてもお金がなければできません。ただ、女子ツアーに関しては試合数も多く、チームが増えてきています」
米ツアーの選手たちは、どんなチームを組んでいるのか?
「まずはコーチです。世界ランクの上位選手は、ほとんどが有名コーチを雇っています。飛距離革命を起こしたB・デシャンボーは、19年のマスターズで復活優勝したタイガーを支えたクリス・コモがコーチです。1年半ぶりに優勝したR・マキロイはピート・コーウェンを新コーチに迎えました。コーウェンは、H・ステンソンやB・ケプカも教えています」
そして最近は、より「細分化」が進んでいると佐藤プロ。「コーチでいえば、フルショットはAコーチ、アプローチはBコーチ、パットはCコーチと、より専門的なコーチを付けているのです。コーチだけでなく、メンタル的なアドバイスを得意とするパフォーマンスコーチや、トレーナーでも腰痛を専門にした人を加えるなどもあります。これは資金力の差ともいえますが、自身のパフォーマンスを最大限発揮するためのチーム作りといえるでしょう」
チームメンバーでもあるコーチやトレーナーの存在は、選手にどんな影響や効果をもたらすのか?
「私自身、ツアーに参戦していたときは、井上透コーチに見てもらっていましたし、月曜日は地元に戻り、トレーナーのケアを受けていました。コーチやトレーナーは選手にとって“医者”なんです。ツアーを戦ううえで、欠かせないパートナーなんです」
あのプロは誰に教わっている?
B・デシャンボーのコーチ
クリス・コモ
19年のマスターズで復活優勝を果たしたタイガーを支えたクリス・コモは、バイオメカニクス(生体力学)をゴルフに取り入れている。B・デシャンボーは、18年の夏からコーチングを受けている
R・マキロイのコーチ
ピート・コーウェン
R・マキロイは今年からピート・コーウェンをコーチに迎えた。不調のマキロイを1年半ぶりに優勝させたコーウェンはメジャーハンターのB・ケプカのショートゲームコーチでもあり、欧州選手を多く見ている
P・リードのコーチ
デビッド・レッドベター
世界ナンバー1コーチと言われるデビッド・レッドベターの指導でスウィング改造に取り組むP・リード。スウィングの安定感が増した
J・ローズのコーチ
ショーン・フォーリー
タイガーの元コーチ、ショーン・フォーリーとタッグを組んでいるのがJ・ローズ。フォーリーは飛ばし屋のC・チャンプも教えている
L・ウエストハイゼンはなんと4人!
●スウィング:ジャスティン・パーソンズ
●アプローチ:ピート・コーウェン
●パット:フィル・ケニオン
●フィジオセラピスト:デーブ・マーシャル
スウィングコーチのジャスティン・パーソンズはトラベラーズ選手権で優勝したH・イングリッシュのコーチも務める。腰痛専門のフィジオセラピスト(理学療法士)も付けている
国内女子は「チーム」の戦いが加速
解説/黒宮幹仁
ジュニア時代は松山英樹、石川遼らとプレー。日大ゴルフ部を経てツアープロコーチに。現在、松田鈴英や吉野茜を指導している。小誌で「世界基準を追いかけろ!」を連載中
米ツアーと同様、チームでの戦いが加速している国内女子ツアー。シード選手、松田鈴英を指導する黒宮幹仁コーチによると、
「現在の女子ツアーはチーム戦になりつつあります。コーチやトレーナーを付けていない選手のほうが少ないくらいです。これは弾道測定器の登場も大きく影響しています。弾道が可視化されたことで、より効率のいい練習、目指すべき弾道が明確になりました。男子選手はギアの構造や弾道データの見方を勉強しているので、自身のパフォーマンスに生かすことができますが、女子選手はそうはいかないことが多い。そういう意味で女子選手には、コーチの分析力や指導力が生かされやすいといえます。トレーニングについても選手やコーチが目指す方向性に合わせた体作りが行えますから、理想とするスウィングや弾道に近づきやすくなります。コーチ、トレーナーが一体となって選手のパフォーマンスを引き上げていく。そういったチーム力の差が優勝のカギを握るのです」
ただチームワークという面では、米ツアーにはまだまだ追いつけていないと黒宮コーチ。「JGAナショナルチームのヘッドコーチを務めるガレス・ジョーンズに教えてもらった世代(畑岡奈紗や金谷拓実など)は、技術面、精神面ともに強い選手ばかりです。海外のメソッドや指導法、ツアーのシステムなどは、これからもっともっと必要になってくると思います」
個からチームの戦いに変わっていくことで、ツアー全体のレベルも大きく飛躍していくはずだ。
国内女子ツアーはシード選手の
7割以上がコーチを付けている
●最強軍団「チーム辻村」
コーチ:辻村明志コーチ
教え子:上田桃子、山村彩恵、松森彩夏、永井花奈、小祝さくら、吉田優利
●松山英樹のマスターズ制覇をサポート
コーチ:目澤秀憲
教え子:有村智恵、永峰咲希、河本結
今年の1月から松山英樹のコーチとなった目澤秀憲は日大ゴルフ部出身。現在は松山の米ツアーに同行中だが、女子ツアーの河本結、有村智恵、永峰咲希のコーチングも担当している。いま最も注目されるプロコーチのひとり
●教え子が男女とも絶好調
コーチ:奥嶋誠昭
教え子:稲見萌寧、高橋彩華
今年のツアーですでに5勝を挙げてブレーク中の稲見萌寧を指導する奥嶋誠昭コーチは、高橋彩華も指導している。男子のツアー選手権と福島OPで2連勝した木下稜介のコーチも務めており、これからの活躍が期待されている
●ジュニアの育成にも尽力
コーチ:青木翔
教え子:三ヶ島かな、野澤真央、上野菜々子、梶谷翼(アマ)
●プロだけでなく大学生も指導
コーチ:佐伯三貴
教え子:木戸愛、沖せいら、田辺ひかり
19年に現役を引退した佐伯三貴は現在、東北福祉大ゴルフ部のコーチを務めている。また女子ツアーの木戸愛、沖せいら、田辺ひかりのコーチも担当。今年の開幕戦、ダイキンオーキッドでは木戸のキャディも務めた
●プロコーチの先駆け
コーチ:井上透
教え子:穴井詩、成田美寿々、武尾咲希
●パッティングの指導に定評
コーチ:大本研太郎
教え子:東浩子、臼井麗香
●香川を拠点に熱血指導
コーチ:南秀樹
教え子:岡山絵里
コーチは父親というケースも少なくない
19歳で全米女子OPに優勝した笹生優花は8歳からゴルフを始め、父親がずっとコーチを務めている。ほかにも柏原明日架や古江彩佳など、父親がコーチという選手は少なくない。米ツアーにも父親がコーチを務める選手は多い
勝みなみはメンタルコーチも
ツアー通算5勝、黄金世代のリーダー勝みなみはメンタルコーチ(スポーツドクター辻秀一氏)を付けている。心を整えること、集中力を高めることで、パフォーマンスアップを実現しているのだ
週刊ゴルフダイジェスト2021年7月20日号より