【イ・ボミのスマイル日和】Vol.2 1日1000球当たり前! ゴルフ大好き少女でした
2年連続賞金女王など輝かしい実績を残し、2023年に惜しまれつつも日本ツアーを引退したイ・ボミ。これまであまり語られてこなかった生い立ちや現役時代の秘話など、あらいざらい語り尽くす!
TEXT/Kim Myung Wook PHOTO/Takanori Miki
ゴルフのことで親から怒られたことはない
みなさんはゴルフを始めたばかりの頃の記憶ってありますか?
楽しさもあれば、うまく打てなくて苦い思い出もあるでしょう。私の子どもの頃は、住んでいた家の隣に、距離にして70メートルほどの小さな練習場があって、そこで球を打っていました。ただ、上達するには芝の上で打つ練習が必要だったのですが、芝から打てる練習場があるのは家から1時間30分くらいかかる場所。学校が終わってから週4回ほど、仕事を早く終えた父が車で連れていってくれていました。高校生になって引っ越すまでの間、ずっと送り迎えをしてくれました。
練習場では、もちろん一般のお客さんもたくさんいて、練習に来ているおじさん、おばさんたちとよくおしゃべりしていたのを思い出します。同世代のジュニアもいたのですが、子どもたちって集中力がなくなると遊んじゃうんですよね。でも私は違いました。なぜだかわかりませんが、球を打つのがすごく楽しかった。周りの子たちはそこまで一生懸命に練習しないから、逆に目立っていたかもしれませんね。「あなたはゴルフを一生懸命やっているから、将来は必ず成功する!」とたくさんの大人たちにおだてられていたので、まんまとその気になってたくさん練習していましたね(笑)。
しばらくするとスクールのようなところに入りました。習いだして最初に教わったことは今でもはっきりと覚えています。それは、重りの付いていない短いバーベルのシャフトを持って、右に左にひたすら振り続けるだけの練習です(笑)。
コーチからは「とにかく球は打ってはいけない。これを1カ月続けること」と言われてやり遂げました。その反動もあってか、球が打てるとなった時がすごく楽しかったんです(笑)。今思うと、クラブよりも重いバーベルシャフトを振っておくことで、クラブの重さを自然に感じながらスウィングすることを体に覚えさせる効果があったのかもしれません。
地元の練習場ではよく、自分が好きな距離を決めて目標にカゴを置き、短い番手でカゴ目がけて打っていました。やっていくうちにどのような弾道になるのか、距離感はどれくらいなのかを自然と体が覚えていきましたね。ドライバーを遠くに飛ばすことにはあまり関心がなくて、1日に1000球は打っていたのですが、アプローチだけで400球は打っていました。5~15ヤードの距離なら100球はすぐで、遊び感覚でやっていたので楽しかったです。
高校2年の時に本格的にゴルフをするため、水原市内の高校に引っ越し、そこから母と二人三脚での生活が始まりました。この時、初めて全国大会に出たのですが、目がギラギラした選手がたくさんいて驚き、少し怖かった(笑)。
地元ではゴルフの成績は一番だったのに、周りの子がすごくて『自分には才能がないんだ』とか思ったりしました。でも、同時に自分の力がどれくらいなのか、通用するのかという好奇心はありました。同世代には(申)ジエ、(パク・)インビ、(キム・)ハヌルなど実力者がたくさんいましたが、試合に慣れていけば自分も勝てるかな? と、いろんなことを考えながら成長していったのだと思います。
うまくいくことも、そうでないこともありましたが、今でも両親に感謝しているのは、こうして楽しくゴルフをさせてくれたこと。どんなにいいプレーができなくても、成績が悪くても、怒られたことは記憶にありません。あれこれと干渉されず伸び伸びとゴルフができる環境にいられたのも、プロを目指す大きな要因になったと感じます。
ただ、こんな私も高校時代、家庭環境の影響や試合で結果が出ないことで悩み、ゴルフをやめようかと悩んだ時期がありました。これも初めて伝える話だと思いますが、それについては次回にお話しします!
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来日する時はほとんどが仕事。11月末には神戸にオープンした「本間ゴルフ 神戸店」のオープニングイベントで一日店長を務めた
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