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【林家正蔵の曇りのち晴れ】Vol.302「ゴルフ引退を告げられるの巻」

KEYWORD 林家正蔵

引退というものは誰にでも訪れるもの。でもやっぱり寂しいものがありますよね。つい先日、ゴルフ仲間の主治医の先生からゴルフを引退しようかを考えていると相談を受けたときはビックリしました。確かにそれぞれに考えがあるものですが、一緒にラウンドしていた人がやめるとなると寂しいですよね

ILLUST/Chuji Aoshima

前回のお話はこちら

突然のゴルフ引退宣言に耳を疑う

今年の初めにゴルフ仲間でもある主治医と話していると突然、「今年からゴルフをやめようかと思っているんだよ」と告げられた。先生は私よりも15歳年上で、大学時代バリバリのゴルフ部に所属していた。エージシュートも72歳、73歳と成し遂げており、とにかくゴルフを心の底から愛していると思っていたのに、76歳になって突如、ゴルフをやめるという決断をしたのだ。


「なんかねぇー。ゴルフをしていない自分は仕事しかなく、つまり仕事とゴルフを取ったら、人生の楽しみというものがまったくないことに気がついたんだ。そりゃゴルフひとつあれば十分じゃないかという人も中にはいるだろう。自分よりも年配の方が、月に4、5回ラウンドして健康に暮らしているのも目の当たりにしてきたけどね。もうこれ以上、上手くもならないし、筋トレして飛距離を伸ばす年齢でもないし、仲間と会ってワイワイするならうまいものを食べられる居酒屋で十分かもしれない。車の運転も世間のニュースを見ても考えさせられるし、仲間に乗せていってもらったり、コースまで東京駅からバスでも行けるんだけどね。一番はやっぱりゴルフをしたいという気持ちになれないんだよ。師匠、だから今度はうまい居酒屋で一杯やりましょうよ」と、ゴルフの引退宣言なるものを聞かされてしまった。

76歳か。私がメンバーになっているコースには90歳の先輩がいる。もちろん、自分では運転はしないし、体調によるが、3ホール回って上がってしまうこともあるそうだ。以前お話をしたら、「俺からゴルフを取ったらなんも残らないからねぇー」と豪快に笑っていた。そんな御人もいるし、76歳できっぱりとゴルフをやめてしまう私の主治医みたいな人もいる。

自家製そばのおもてなしがまさかの5人前

先日、その主治医から「今度の休みの日、スケジュール教えてよ」と携帯に留守電が入っていた。もしやゴルフの引退宣言を撤回して、ゴルフのお誘いかとかけ直すと、「うちにさぁー、お昼すぎに遊びに来てよ。昼飯食べようぜ! ごちそうするから」とランチのお誘いだった。

たまたま金曜日のお昼に時間が空いたので伺ってみると、エプロン姿の先生が迎えてくれた。「よく来てくれたねぇー。まぁまぁ上がってよ」とさっそくオープンキッチンが見える食卓に案内されて、「いい日本酒が手に入ったのよ」と山形の冷酒をご馳走になる。「ハイハイ、お待ちどうさま」と目の前には、山盛りのざるそばが。「つゆもさー、改良を重ねて、やっと納得する味になったんだよね。江戸前のつゆだから、少ししょっぱいよ。ワサビは静岡の契約農家から取り寄せたし、ネギも千住のいいやつ。揚げ玉はてんぷらの名店のものだよ。さぁさぁ召し上がれ」とすすめられた。

ひとくち口へ運ぶ。まるでグルメサイト「食べログ」でも高評価の3.5点以上の味。そば粉の香りも切り方も、噛み応えもすべてよし。もう箸が止まらない。先生は嬉しそうにニコニコほほ笑みながら日本酒で一杯やっている。「もりが終わったら、温かい鴨南そばにするからいっぱい食べて」と笑っている。

目の前のもりそばは、軽く5人前はある。「先生は食べないんですか?」と聞くと、「朝から味見を兼ねて、食べちゃったんだよ」。私一人では到底食べ切れない量なので「ご家族の皆さんは?」と聞くと、ちょっと寂しそうに「師匠、私がさぁ、今日はそばを打つぞというと最初は喜んでいたのに、近頃どういうわけか、そばの日になると子どもたちを連れていなくなるんだよ。師匠一人だからゆっくりやってね」と言われても一向にそばが減らない。

「先生、食べ切れないのでお土産にしてもらってもいいですか」と言うと、「お土産用のはもうたっぷり冷蔵庫に入っているから」と抜かりがまったくなかった。

もりそばで終わりかと思いきや追加の5人前

やっぱりもりそば5人前は食べ切れず、「すみません、もうおなかいっぱいです。ちょっと残りました」。すると淋しん坊全開の表情で「伸びちゃうけど、これはお土産にするよ」。そこでニヤッと笑い「じゃ鴨南蛮にしようか。これもいっぱいあるよ」と言われる。

土鍋を置いて鴨汁もアツアツ。そばはつけ麺のようにして、しゃぶしゃぶして食べる。鴨肉はフランス
産で、鴨のつくねは青森から届いたのを自宅の中華包丁で叩いてこしらえたものだという。甘みとコクが相まって理想的なつゆだ。今度のそばは、もりそばのときとは違っていて、そばの実の皮をこし、幅広く太麺風。これが実につゆに絡んでうまい。でも麺の量はさっきと同じ、普通の蕎麦屋さんの5人前。

「先生は食べないんですか」と聞くと、「さっきたっぷり味見をしたから」と笑っている。そこで私は、はち切れそうな腹をさすり「先生、お願いだからそばじゃなくてゴルフをまた始めましょうよ」と懇願した。

もりそばの語源は、江戸時代にそばを汁につけて食べるのが面倒になった人が、汁をそばに直接かけて食べ始めた「かけそば」と区別するために「もりそば」と言うようになった

もりそばに 追加5人前で もう1杯

月刊ゴルフダイジェスト2024年9月号より