“互いに刺激! 新たな挑戦の活力に”新規大会「ASO飯塚チャレンジド」前日に行われたもうひとつの大会
先週行われた国内男子ツアーの新規大会「ASO飯塚チャレンジドゴルフトーナメント」。大会名が「チャレンジ」ではなく「チャレンジド」となっていたことが気になった人もいるのでは? 「チャレンジド(the challenged)」とは「障害を持つ人」を意味する。熱戦の前日に行われたイベントをレポートしながら、ゴルフ界のダイバーシティを考えてみたい。
PHOTO/Yasuo Masuda
大会名に込められた思いとは?
「チャレンジド」とは「挑戦するチャンスや使命を神様から与えられた人」を語源とし、障害者を「与えられた使命を持ち何事にも挑戦する人」としてポジティブにとらえた言葉だ。
今回は通常のスポンサーを招いてのプロアマではなく、20人の障害者ゴルファーを招待し、10人のプロとの交流の場を提供。スクランブル方式の団体戦で行われた。
快晴の空の下、堀川未来夢が「本大会名にはチャレンジドとあり、挑戦者という意味もあります。僕たちにも必要な言葉であり、今日は皆さんとのラウンドで得られるものがあると思うので楽しみにしています」と挨拶。世界障害者ゴルフランク43位、PGAティーチングプロ資格を取得したばかりの吉田隼人さん(39・右大腿切断)による始球式が行われた。
美しい放物線を描いて飛んでいった280Yショットに、一同からは「おーっ」とどよめきが。その場のゴルファーたち皆に緊張を与えたようだ。その後、ティーイングエリアに立った第一組の時松隆光には「源ちゃんより上手いぞ」「源ちゃん負けるな!」の声。心持ち長めのアドレスから、持ち球のフェードボールで吉田さん越え。安心したのか、照れの笑顔で、手を挙げてスタートしていった。
1番(501Y・パー5)は右ドッグレッグ。距離が短く2オンも十分狙えるホール。プロたちは戦略か意地か、キャリーで230Yは必要な右側の木越えのショートカットルートを豪快ショットで攻めて魅せる。
しかし、障害者だと侮るなかれ。実は今回、陸上やスノーボードのパラリンピアンが3人(小須田さん、山本さん、大岩根さん)、ティーチングプロが3人、ハンディキャップでおおよそ15以下の精鋭たちだ。皆ミスなく、ナイスショットでスタートしていった。75歳の飛ばし屋、浅野芳夫さん(右下腿切断)は「プロと回るの初めてなんです。楽しみにしてきました」とワクワクと緊張が隠せない様子。ラウンド終了後、皆さんの顔には満面の笑み。感想を聞いてみよう。
「当たり前のことが当たり前じゃない。
多くの心構えを学びました」(阿久津未来也)
「池田勇太組」の18歳の大学生、寶門洸太さん(下肢障害)は「プロは球の初速、軌道がすごい。1番は左フェアウェイギリギリに落ちて残り160Yだったんです」と興奮気味。世界障害者ゴルフランク49位の小林茂さん(66・左下肢障害)は「それにしても飛びます。怖そうなイメージでしたがそうでもないです(笑)」。
「勇太プロは多くのヒントをくれました」(小林さん)
池田のアドバイスは効果抜群だと小林さん。「僕は肩がしっかり回らないのでコツを聞いたら、クラブを上げるときコックが早すぎるのと、ゆっくり左肩を入れるようにしたらいいと言ってくれました」
「秋吉翔太組」の伊藤寿さん(47・右下腿切断)は「ベストボールなのでプレッシャーがなく、連続バーディが取れた。技術は教えてもらってもできない領域です(笑)」。大岩根正隆さん(41・右上腕切断)は「目の前でプロのショットを見せてもらって一生の宝。本物の直ドラも! ホップ球がやばかった」。秋吉に感想を聞くと「マジで上手い! パットもショットも、激うま!」と驚いた様子だった。
「稲森佑貴組」の浅野さんは「ショットがフェアウェイを外さないし、セカンドはピンに絡む。さすが曲がらない男。人柄もいい」。
「関藤直熙組」では、唯一片マヒ部門から参加の村田信廣さん(49・左片マヒ)が、普段より後ろのティーに「僕にとっては遠かった。グリーン担当でした。でもワープできたし楽しかった」。中西義則さん(46・右大腿切断)は「アジアンツアーの話をしてもらった。同じ場所からでも同じ高さでは打てません。あの球だからピンも狙えるんですね」。関藤は「僕のほうがいいところを見せられてない」と言いながら、丁寧にアドバイス。
「阿久津未来也組」では、イギリスでゴルフを覚えたという伊東英二さん(73・左下腿切断)が「このイベントを開催してくれた皆さんに感謝です。障害者でもそこそこできると伝えられたかな。これを見て自分も参加できると思ってほしいし、広めてください」。阿久津は今回参加できた感謝を口にし、「本当にお上手。上から目線みたいですが人間的にもすごく明るい方たちで。僕らが学ぶことが多い。『キャディさん目土したほうがいいですよ』とサラッと言うのですが、本当は僕らプロが言うべきですよね。当たり前のことを言うのは簡単ではない。きっと普段の生活では当たり前のことが当たり前じゃないんですよ。だから心構えも違うんだと思います。楽しくピリッと気が引き締まったラウンドでした」。
「市原弘大組」の山崎立也さん(44・右上肢機能障害)は「こんな機会を増やしてもらえたら障害者ゴルフを認知してもらえる。障害者というだけで一括りにならないことが伝わると思います」。市原はこの日もニコニコしながら、「皆さんお上手。ゴルフに対して真剣で、楽しまれてて。こういうラウンドはいいですね」。
「プロのショットは音が違います!」(中村さん)
中村哲也さん(38・右下腿切断)は「初めてプロと回りました。アイアンのモデルは一緒なのに球筋が違うんです(笑)」。市原は「僕なりに教えたことをすぐ自分のなかに落とし込んで上手くやってくれるのも素晴らしい」
「中西直人組」の元木健二さん(45・右下腿切断)は、「中西プロは技術からトーク力まで最高! こういう機会は広がってほしいです」。
「堀川未来夢組」、世界障害者ゴルフランク38位の小山田さんは、「僕のスピン量少なめの球を見て、『計算して手前から狙ってますね』などプロらしい話もできました」。堀川も学びが多かったと語る。「自分のウイークポイントを笑い話にできるんです。今まで辛いことも多いはず。でも、できないことを悔しく思い、挑戦するマインドが素晴らしい。僕は今まで障害者の方と接点がなかったし、街で会っても見るのは失礼と思っていた。今回接点が持てたので、今後もっと積極的に関われると思います」。
「比嘉一貴組」のとにかく明るい有迫隆志さん(43・左上肢機能障害)は「比嘉プロ、今乗ってる感じがしました。明るくて接しやすくて僕らのプレーに『感動した、鳥肌が立った』と言ってくれた。トレーニングなどプロの日々の過ごし方を聞けてよかったです」。比嘉は、「左手1本で240Y飛ばしていて衝撃を受けた。受ける質問も戦略など競技ゴルファーのものばかり。向上心があってポジティブで本当に楽しそうにゴルフをします。その気持ちを僕らもいつまでも忘れてはいけないと思いました」。
「2人のバンカーショットに鳥肌立ってホームラン(笑)」(比嘉)
17番の“バンカー事件”。グリーン右のガードバンカーからの50Yショット。障害者ゴルファー2人が1m以内に付けると、比嘉のショットはホームラン気味に。「『先に打っておけば』と悔しがってました」(有迫)
18ホールのラウンドが心の壁も取り払う。
「時松隆光組」の吉田さんは「トッププロと回れて勉強できた。ツアーのセッティングでプレーできたのは貴重な経験。財産になります」。今回のツアー開催に一役買った時松隆光は、「飛距離も負けたり、アイアンも僕より一番手下で打たれることもあった。素晴らしい。パワーをいただきました」。
「パワーをもらえたし楽しかった
地域の人たちとの交流も大切です」(石川遼)
大会前日の水曜日の「ASO飯塚チャレンジドフェスタ」が実現したのは、主催の麻生グループが長年障害者スポーツの支援を積極的に行っており、障害者の方の自立と社会参画を願い活動してきたから。誰もが気軽に来場できる大会運営を行うため、18番グリーン脇に「車椅子エリア」を設けたり、今までゴルフの試合会場になかったような取り組みを行った。
地域社会への貢献を目指し、地元の特別支援学級の生徒112名(引率者27名)を招待したスナッグゴルフも実施。これに参加した地元飯塚在住、小田孔明は、「担当部長を長年やってきたので子どもたちと楽しく遊んで、少しでも笑顔が増えればいいなと。全国に広がって、いろいろな地域のつながりにもなればいいです」。プロ入り2年目の桂川有人は、「子どもたちの元気な姿を見ると僕も元気になる。僕も挑戦者という意味ではチャレンジドです。こういう試合を通じて、世界に立ち向かえる選手になりたい」。石川遼は、主催者の思いが伝わってきてやりがいを感じたという。「社会的な自分の位置のようなものを有難いことに感じられる。僕が子どもたちの前で見せることで多少刺激なってくれるのかなと。地域の人たちと触れ合うのもツアーならでは。僕たちは大会の1つのピースにすぎない。皆さんと一緒に盛り上げられるようトーナメントをやっていくのが長く続く形だと思います」。
レギュラーツアーの“水曜日”に行われた多様なゴルフの交流が、多様性のある(ダイバーシティ)ゴルフを実現させるための、きっかけになるのかもしれない。
週刊ゴルフダイジェスト2022年6月28日号より