松山から金谷、そして中島へ…「ジャパンナショナルチーム」の進化と伝統
小誌連載「PGAツアー HOT LINE」でお馴染みのPGAツアー・アジア担当ディレクター、コーリー・ヨシムラ氏がマスターズウィークにPGAツアーのホームページに寄稿した日本のナショナルチームの特集はとても興味深い内容だった。そこで今回は全文を和訳して掲載。海外から見た日本のゴルフの進化と伝統とは?
TEXT/コーリー・ヨシムラ PHOTO/KJR、Shinji Osawa
西洋の文化では、日本語の「先輩」と同等の意味を持つ言葉はほとんどない。英語に翻訳すると単に「シニア」と訳され、その人よりも年上の誰かという意味になるが、それでもその言葉の定義は高校、大学の最上級生という意味からスペイン語の「セニョール」や「ミスター」、または一般的に年配者や高齢者など多岐にわたる。
しかしながら、誰かがあなたを「先輩」と呼び、あなたが先輩としての自分を受け入れ、自分が得た知識や経験を次の世代に受け継いでいくという、言葉では言い表せない慣習や責任をも含む、日本の文化において認知されている意味合いとは異なる。こうした慣習は学校、仕事、さらにはスポーツの世界にさえも根付いている。誰かの先輩になるという責任はその人が一生背負っていくものなのだ。
現在世界アマチュアランキングトップの中島啓太は、生涯の目標であるPGAツアーでのプレーに照準を合わせている一方で、まだ長くはない彼のキャリアにおいても、何世紀にもわたり歴代の先輩たちによって受け継がれてきた責務を果たそうとしている。彼は、自身を手本とする後輩たちにとってのコーチやメンター(助言者)の役割を担っているのだ。
「自分は15歳のときに“チーム”に入りましたが、その時は大学生の先輩方がたくさんいて、彼らにすごく憧れ、そうした環境下でプレーしていました。今は自分が最上級生になり、しっかりと後輩にいいものを見せられるように、さらには、卒業してからもしっかりと後輩に何かを残していけるようにしたいです」
世界アマランク1位を2年連続で輩出する日本
中島のいうチームとは、高校の部活動でも彼が通う日本体育大学のチームではなく、日本のナショナルチームのことを意味している。そして、そのナショナルチームからは、マコーマックメダル受賞者と世界アマチュアランキング1位の選手が2020年から2年連続で誕生している。
ゴルフは個人プレーの競技だが、中島はしばしば、自身の成功は、自身にとっての「先輩」であり同じくマコーマックメダルを受賞した金谷拓実の存在があったからだと語る。
「金谷さんを見ていつも思うのは、勝負どころでのパッティングが強い。メンタル面が強いし、最後まで諦めずにプレーする姿を見て、彼から学んできました」と中島は話す。
23歳の金谷は、日本ゴルフツアーではすでに、アマチュアとしての優勝1回を含む通算3勝を挙げている。そして、2021年終了時点での世界ゴルフランキングで50位以内に食い込んだことで、中島とともに今年4月のマスターズ出場権を得たのだ。
では、金谷にとっての先輩は誰だろうか――東北福祉大学の同窓生にしてすでにPGAツアー8勝を達成している、マスターズチャンピオンの松山英樹にほかならない。より経験を積んだ先輩にあたる松山の背中を追い、彼の後輩たちが、とくに彼らが愛する日本のナショナルチームの中での後輩たちが続々と、日本人として世界アマチュアゴルフランキング1位に上り詰めるという1本のたすきを繋いでいる。まさに、素晴らしい伝統と系譜だ。
世界でもトップクラスのアマチュアゴルファーを育てているナショナルチームの改革の背景にはどんな秘密があるのだろうか?
チームが構成されたのは1984年頃だが、今日とは全く違う機能を果たしていた。しかし、当時19歳の松山英樹が所属していた10年前の2010〜12年にかけて、そのあり方は一新された。
「日本には強いプレーヤーが過去にもたくさんいましたが、指導者のあり方が今は変わってきました。昔は選手がコーチになっていましたが、今はきちんと(コーチングの)資格を持ち、(コーチになるべく)勉強した人がコーチになっています。海外からは日本のナショナルチームは変わったな、日本は強くなった、と見られていると思います。そういうコーチを揃えられているのが今のナショナルチームです」と日本ゴルフ協会(JGA)専務理事の山中博史氏は述べる。さらに、JGAの選手育成・強化部部長である内田愛次郎氏によると、ターニングポイントとなったのは2006年だったそうだ。
「ある程度の選手を世界選手権に連れて行きましたが、それでも4位にしかならず、やはりこれではだめだと思い、選手強化を始めました」と話す内田氏は、さらにこう続ける。
「それまでは日本にゴルフコーチの文化はあまりありませんでした。スウィングのコーチはいましたが、フィジカル、メンタル、さらには栄養といった分野についてアドバイスするコーチングシステムが無かったのです。2011年にフロリダに行き、世界のコーチのアカデミーを10カ所くらい視察しました。そこで初めて各専門家を束ねてチームで強化するシステムを見つけて、そのスキームを日本でもやっていかないといけないと感じました」
しかしながら、内田氏はこの方法が日本で通用するか確信を持てていなかった。
「2014年に世界選手権が日本で開催され、そういうのをやっているチームが実際に活躍していました。やはり日本も何かしなくてはいけないと感じました。今のままでは4位どまり。2014年に勝ったのはオーストラリアチームでした。そこから、いろいろな国に調査をかけて、どういうプログラムがあるかを調べて、日本に合うものを探したということです」
当時、日本人はすでにスポーツ科学、栄養学に関して深い理解があった。そして、当然ながら、独自の文化的プライドや伝統が深く浸透しているこの国では、重要な代表チームの「ゴルフ」コーチ選びも独自の目線で行われていた。
現在の日本チームの顔ぶれを見ると、1人だけ目立つ人がいると思われるかもしれない。白人で緑の目をしたガレス・ジョーンズ氏だ。日焼けした日本ナショナルチームの若き選手たちに囲まれるオーストラリア人の彼の存在に、誰もが気づくだろう。
「彼らはアジア太平洋地域でいろいろと見て回った結果、私を見つけたのだと思います。そして、このように繋がることとなったのです」とジョーンズ氏は話す。
「私の性格、または彼らから見た私の性格が、彼らのやりたかったことに合っていると思ったのでしょう。競技者育成という私のバックグラウンドがうまく当てはまったのだと思います」
JGAにて競技者育成強化を担当する長嶋淳治氏は「ガレスはゴルフコーチのエッセンスと日本のスポーツ科学を合わせて、同時にオーストラリアの持っているウエスタンな文化、オープンな雰囲気やフラットな考え方を、先輩後輩の文化や謙遜する日本のイースタンな文化に交ぜ合わせ、上手く選手たちに融合させていきました。今では国籍を超えたプログラムになっていて、日本と海外との区分けがないものになっています」と振り返る。そして、ジョーンズ氏は次のように付け加えた。
「スポーツ科学の要素を取り入れ、ストレングス&コンディショニングを行っていました。スポーツ心理学についても同様です。私が着任した時、育成プログラムにスポーツ科学をもっと取り入れたいと思いましたが、スポーツ科学がすでにパフォーマンス面で作用している点も理解していました」
新任のオーストラリア人コーチの目には、もう1つ修正が必要な点が明らかだった。
「アジア太平洋地域やアメリカで開催されたアマチュアの大きな大会で日本チームを見たことがありました。彼らは全てが整っていて、まるでプロのようで、体つきも完璧に思えました。しかしながら、彼らが素晴らしく見える反面、パフォーマンスがそこに追いついていないように思いました」とジョーンズ氏は指摘する。
ナショナルチーム強化の原動力であるガレス・ジョーンズ氏
ガレス・ジョーンズが感じた日本の問題点
「大会に向けての準備は確実に改善の余地があると思いました。彼らはショットを磨くことに時間を費やしすぎていました。そして、実際のゴルフコースでのプレー方法を練る時間が足りていなかったのです。彼らは真剣に練習に打ち込みます。時間が許せば、一日中ボールを打っているでしょう。私が試したかったのは特定の分野に特化したより良い練習方法でした。確実なスコアアップ、確実なパフォーマンスの向上に特化した練習方法です。そのため、ショートゲームに関しての特訓を行い、その分野をトレーニングの中心に据えることとしたのです」
ゴルファーが、とくにジュニア選手たちが日本で直面する主な障壁は、練習環境であり実際のゴルフコースへのアクセスの部分だ。多くの人が練習場で膨大な時間を過ごす傾向にあるのは、そこが彼らの練習できる唯一の場所だからだ。
「中島啓太はオーストラリアンアマチュア選手権での優勝経験があり、昨年、彼はアジアパシフィックアマチュア選手権でも優勝しています。しかしながら、彼がゴルフコースの会員権を手にしたのはここ数年のことでした。私にとっては信じられないことです。日本人選手のプレーレベルはとても高い。それにもかかわらず、彼らはゴルフコースを利用できない。オーストラリアでいえば、ジュニア選手と同じような扱いです」とジョーンズ氏は警鐘を鳴らす。
2021年現在、日本には2151のゴルフコースと約4000の室内・屋外練習場がある。ジョーンズ氏の哲学は、より効率的に練習をすること。より少ない時間でより多くの成果を目指すのだ。つまり、非常に多くの練習時間を費やす一般的な日本のアスリートとは真逆の姿勢なのである。
「長時間練習すると、集中力が下がります。そのため、私たちは専門家たちの研究でも取り上げられているディープ・プラクティスと呼ばれる方法を導入してみました。ダニエル・コイルなどが関連著書で提唱しているメソッドで、ゴルフに限らず、あらゆる場面での学習効果アップにつながるとされています。私たちは、スコアリングゾーンに重きを置いています。彼らはトップアスリートであり、結果を出さなくてはいけません。具体的には、ショートゲームに65%、ロングゲームに35%という比率で注力しています。これが、私たちの今のやり方です。かつてのチームがやっていたことを私たちがひっくり返したとも言えるでしょう。以前は80%がロングゲームで、20%がショートゲームという比率でしたから」
日本の足かせになっているのは「部活」の精神だ。日本におけるユーススポーツはアメリカとは違い、季節ごとに競技を替える傾向にない。アメリカでは、子どもたちはサッカーから野球へ、アメフトからバスケットボールへと、時季ごとに取り組むスポーツを替える。日本の子どもたちは「部活」に参加し、ひとつのことに対しての関心事を高めていく。部活動には、音楽、スポーツ、芸術、科学など様々な分野が用意されているが、幼いうちからそのうちのひとつに絞り専門的に取り組む傾向がある。
スポーツにおいて、様々な競技に触れる方法とひとつに絞る方法のどちらが優れているかについては議論の余地があるのだが、JGAは、幼少期からゴルフだけしかプレーしていない子どもたちは他の側面での成長に欠ける部分があると捉えている。
このことについて、ジョーンズ氏は「子どもたちは、体のバランスをきちんと整えるような、ゴルフ以外の活動をしていないのです。言うまでもなく、チームスポーツにも取り組むことで、より協調性を身につけられるかもしれません。ですから、子どもたちが生活の中で様々な活動に取り組むよう強く勧めています。長期的なアスリート育成プログラムを実施しようとしているのです」と語る。
「ゴルフのようなスポーツをすると、ひとつの動きをひたすらに突き詰めていくことになり、その結果、筋肉のバランスが崩れてしまいます。筋肉が本来あるべき発達の仕方をしない場合もあり、怪我も増えてしまうのです」
選手たちのガレスコーチへの信頼は厚い
海外挑戦に必要な語学力育成にも取り組む
また、こうした実践方法や専門性のほかに、語学力もジョーンズ氏とチームが克服しなくてはいけない大きな障壁であった。ジョーンズ氏はこう続ける。
「数名の選手たちは、語学プログラム(EF=エデュケーション・ファースト)を受講しています。海外で挑戦したいと思っている選手たちは、英語を話す必要性に気付いており、こうした取り組みは彼らのキャリアにプラスの影響をもたらすでしょう」
世界中で語学学校を運営するEFは、選手たちにオンライン形式とクラス形式両方での授業を行う。生徒たちはモジュール授業を受け、自分たちのペースで勉強し、実生活で想定されるシチュエーションや会話に順応していくのだ。また、英語圏メディアに対するインタビューの個別学習も用意されており、不安や恥ずかしさを感じることなく学ぶこともできる。
「英語はゴルフ界の共通言語であり、JGAは日本語を話せない外国人コーチを雇うことがとても大切だと感じていました。選手たちが英語を学び、英語でコミュニケーションを取らざるをえない環境を作るためです。私たちは彼らが自分たちの可能性を広げ、間違えることを恐れないでほしいとも思っています。
まだ途中過程ではありますが、チームは英語がとても大事であること、それが選手とキャディ、さらには将来の他のコーチたちとのコミュニケーションの機会を増やしたり、海外でも自分たちで移動できるスキルにつながったりすることを理解しています。私たちはこうして自立したアスリートを育てようとしているのです」
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ジョーンズ氏は2年以上も来日できていない。そのため、彼と彼のチームはコミュニケーションを大事にし、その方法を調整してきた。こうした状況下において、極めて基礎的なレベルであれ、英語を理解できる能力は必要不可欠だ。
中島啓太は現在、モニターに映る自身の映像やトラックマンのデータをオーストラリアのアデレードにいるジョーンズ氏と共有しながら、Zoomを利用したバーチャルレッスンを毎週受けている。
「私が目にしていることだけでなく、選手やアスリート自身が経験していること、実際に感じていることをより深く掘り下げながら、彼らとコミュニケーションを取り続けていく必要があります。アスリートが何を考え、何を感じているかを理解したいと思っていますし、彼らが自分の意見を積極的に伝えコミュニケーションの取り方を学ぶようになってもらいたい。そうすることで、学習スピードを加速させることができるのです」
ジョーンズ氏はさらにこう付け加えた。
「目的のための手段であり、私たちがやらなくてはいけないことです。何もしないよりはましです。ここ数年で私たちは、これから先も続けていくであろう様々なことを学びました」
こうした姿勢は、チームのモットーである「JKG」にすんなり当てはまる。
Just Keep Going(前進あるのみ)。
「Just Keep Going(前進あるのみ)」金谷拓実のボールにはその頭文字“JKG”が刻まれている
「毎日コースレコードを出すことはできません。悪い日もあれば良い日もあります。しかし、学べば少しは改善されます。日々学ぶことが大事なのです」
ナショナルチームの選手がどの年代であるかにかかわらず、いずれ後輩ができ、彼らに影響を与える先輩選手に自分がなったとき、選手らはその責任を感じるようになるのだ。こうした慣習はリレーでのバトンパスに似ている。そして今、中島啓太は自身の最終レースのアンカーを務めている。
「彼らが学んだことを次の世代へと引き継ぐことができます。また、英樹はここにいる選手たちに多大なる影響を与えています。彼が10〜12年前に成し遂げたことを見て、この子たちは彼の足跡をたどっているのです。文化的な側面が強いですが、責任が伴います。それこそが素晴らしい部分であり、選手たちは自分が負うその責任を真剣に受け止めています」
ジョーンズ氏はさらにこう続ける。
「日本の子どもたちにとってはナショナルチームに入ることはとても意味のあることであり、栄誉なのです。そして大きなモチベーションになります。ナショナルチームのロゴを胸につけることが本当に力強い意味を持ち、多くのジュニア選手の意欲をかき立ててゴルフで勝とうと思わせるのです」
日本のナショナルチームが3年連続でマコーマック受賞者とアマチュア世界ナンバー1選手を輩出するかは、時間が経てばわかる。しかし、ひとつ確かなことは、日本の若手選手たちがPGAツアーで将来的に活躍する期待値は高い。4月には、日本中のテレビにオーガスタが映し出されることは間違いないだろう。日本のRising Sons(成長著しい選手たち)の3名がともにティーアップする姿は、日本にとってのマスターズの歴史の1ページに加わるだろう。
週刊ゴルフダイジェスト2022年5月3日号より