【林家正蔵の曇りのち晴れ】Vol.277「お花見ゴルフの巻」
気候も暖かくなり、桜の開花も始まりました。このシーズンは、お別れや新たな出会いがあり、ひとつの区切りとなる季節ですよね。そんななか、私もお花見ゴルフへ行ってきました。毎年、同じメンバーで行くのですが、今回は少し事情があり、今までとは違うお花見ゴルフになってしまいました。
ILLUST/アオシマチュウジ
毎年恒例のお花見ゴルフへGO
「今年も咲いてきたねー」とプレーをしながらポツリと友人は語った。毎年恒例のお花見ゴルフ。いつもこの時期、いつものメンバーでいつものコース。もうここ20年くらい続いているお楽しみの会である。
友人がここのメンバーで、スタートのパー4では両側に八重桜がまるで絵に描いたように連なっており、しばしその美しさに見惚れてしまい、なかなかティーショットが打てないほどの絶景が待ち構えている。
そして最終の18番のホールは池の周りにぐるりと桜が植えられており、その池のほとりにお花見の時期だけ特別な茶店が設けられ赤い毛氈(もうせん)の敷かれた縁台で桜餅が振る舞われ、その眺めを堪能し心と胃袋の両方が魅了され、またまた動けなくなる。
なぜ日本人は、桜が好きなのだろうか。散るはかなさの美学がそこにあるからだというのも聞いたことがある。綺麗に咲いても散るときは、それはそれは見事な桜吹雪となって、見るものに感動を与えるからこそ、桜が好きな日本人が多いのであろう。
季節によりけりだが、梅もよし、ふじもよし、ひまわりも好きだ。しかし、日本人の花見というと桜なのだ。今年の桜は、いつもより甘酸っぱい気持ちになるのも仕方がない。
世界の絶景コースよりもお花見コース
なぜ甘酸っぱい気持ちになるのか? というのも、いつも4人で回るこのコンペ。これからは、3人で回ることになる。多分、新しい友人も加えることもなく、3人のままプレーをする。その理由は、いつものメンバーの1人がコロナに起因した血栓がもとで他界してしまったからだ。私よりも8つも年下、まだ52歳の若さである。
その友人の奥さんから知らせを受けたときは、仕事も手につかないぐらい我を失ってしまった。「今度ゴルフに行こうぜ」なんてメールをもらっていたばかりなのに。
彼は商社マンで、海外での出張も多く、しばらくはアメリカに住まいを移していたぐらいの国際派の人間である。私のような狭い日本のなかでぐるぐる駆け回っている人間とはまるで正反対の仕事をしていた。
コロナ前も友人は、ヨーロッパのコースはとてもすてきだと語っていた。ドイツ、スイス、スペイン、スウェーデン等々。いずれこのメンバーでゆっくりと回りたいなーとよく話していた。それでも年に一度のお花見コンペになると「世界中の名門コースを少しは回ってきたつもりだけども、日本の桜の咲くころの美しい景色は、やはり一番だなー」と言っていた。
コロナと戦争できっと働き盛りの彼の仕事に多くの負担がかかったのだろう。たまにやり取りをすると「まいったなー」とか「疲れたなー」という愚痴が多くなっていた。「まぁそれでも今年のお花見コンペが今から楽しみだ」と正月に言っていたのに……。
奥さんからの「苦しまずに旅立ったようです」とのひと言に救われた。いや、そのひと言で救われたかったのかもしれない。ご家族の方も最期をコロナ禍で見届けることができなかったようで、葬儀もお別れの会もなく、いずれお墓参りに伺うことにした。
コロナの間だと、手を合わせようにもお別れしようにもご家族だけの密葬が多く、知らせを受けてもなかなかその人とお別れする儀式がないと、本当に旅立ってしまったのかと心のなかでモヤモヤしてしまう。
夢の実現はいつになることやら
今回は、その友人の追悼ゴルフなのである。「いいか、オッケーなしでやるぜ」。このお花見コンペがスタートしたときに、亡くなった友人が言い出したコンペの決まり事であった。残り3センチのパットでもオッケーはなしである。
入れごろ、外しごろのパットが残ると「まぁいいや、オッケー」なんて読者の皆さんも経験あるでしょ。オッケーのおかげで100を叩かずに済んだことも、私は幾度となく経験した覚えがある。
ところが仲のいい友人だからこそ、それはやめようと言い出したのだ。だからそのコンペを目標に、かなり打ちっぱなしで練習をしてきた。
その日のスコアは92。オッケーありだったら89だったのに。クラブハウスでお茶をしながら、コースの桜を愛でる。
友人のひとりが「そういえば、あいつの息子、大学ゴルフ部だったような。あいつは天国に行ったから、息子を呼んで回らないか。きっと喜ぶだろうぜ」
桜を見ながらいいアイディアが浮かんだ。思わず「オッケー、オッケー」と言っていたが、「いけね、オッケーなしのコンペだった」と思い出して「いいね、いいね」と改めた。
桜愛めで オッケーなしの 追悼ゴルフ
月刊ゴルフダイジェスト2022年5月号より