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借金300万円で一度は諦めたゴルフ……住宅ローン担当者からトッププロへ上り詰めたベン・グリフィン

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2025年シーズンに3勝を挙げトッププロの仲間入りをしたベン・グリフィン。2026年は未勝利に終わったもののシグネチャーイベントのキャデラック選手権でトップ3入りし、年間6億7000万円以上を稼ぎ出した。しかしわずか5年前、彼はゴルフを断念し住宅ローンの融資担当者として働いていた。グリフィンの波乱万丈なゴルフ人生とは?

26年ソニーオープン・イン・ハワイでのベン・グリフィン。サングラスがトレードマークとなっている彼だが、飛蚊症が原因のようだ(撮影/岩本芳弘)

スコッティ・シェフラーと同じ30歳のグリフィンは17歳のとき「AJGAロレックス・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」でシェフラーを破り優勝。2人はその年(13年)のジュニアオールアメリカン・ファーストチームに選ばれている。

ノースカロライナ大学のゴルフ部時代は学業優秀選手として表彰され、同大学の大先輩デービス・ラブⅢが長年保持していた通算平均スコア記録を更新するなど将来を嘱望される存在だった。

しかし大学を卒業し、プロに転向してからは苦労の連続。19年はコーンフェリーツアーで8試合に出場したが予選を通ったのはわずか2試合。20年はQスクール(予選会)に失敗して収入は0だった。

一方シェフラーは19年にコーンフェリーツアーを早々と卒業し、20年にPGAツアー昇格。その後、目覚ましい活躍であっという間に世界ランク1位に上り詰めた。

対照的にグリフィンは深刻な問題に直面していた。米誌「ゴルフマンスリー」のインタビューで語ったところによると「当時すでに2万ドル(300万円以上)の借金を抱えていた」というのだ。

21年の春、彼は経済的理由から一時競技を離れることを決意する。地元ノースカロライナの住宅ローン会社にローンオフィサー(融資担当者)として就職せざるをえなかった。

「下部ツアーでプレーしていた頃は全く稼ぎがありませんでした。家賃を払うことすらままならず一度ゴルフから離れて新しいことに挑戦しなければならなかったのです」

我々が思うPGAツアーはプロが自家用ジェットで移動し、1試合で数億円を稼ぐ華やかな世界というイメージだが現実は厳しい。

「コーンフェリーツアーの予選会に出るだけでも5000千ドル(80万円)以上のエントリーフィーがかかります。遠征費も高額ですし、多くの選手は可能な限り知り合いの家を転々として寝泊まり。経費を節約しています。他にも練習ラウンド代、カート代、レンタカー代、食事代もかかりますから大変です」

「1カ月で1万7000ドル(約270万円)も借金が膨らむなんてことは下部ツアーではよくあることです」

幸い彼は翌22年に予選会を突破しコーンフェリーツアー復帰を果たすのだが、その陰には投資家ダグ・シーク氏の援助があった。

22年コロンビア・ボゴタで開催されたコーンフェリーツアー「アスタラ・ゴルフ選手権」の最終日18番。2オンに成功したベン・グリフィンはイーグルを決めればプレーオフだったが、一筋外れてこのリアクション (Photo by Buda Mendes/Getty Images)

「ローン会社務めからツアー復帰決めたときダグ・シーク氏とロードアベット(民間投資運用会社)の支援を受けることができました。そのおかげで抱えていた借金を解消できたのです」

経済的負担と不安から解放されたことでグリフィンはゴルフだけに集中できるようになった。

「多くの選手がそうですが金銭的なプレッシャーから解放されると、心も体も解放される。我々はリラックスしてゴルフを楽しんでいるとき最高のゴルフができるものです。それを実現できたことが大きなきっかけになりました」

ゴルフはメンタルなスポーツだ。心配ごとがあればプロでもプレーに集中できなくなる。グリフィンはいう。

「プレシャーのなかでプレーするのは特権だ、という人もいますが僕はそう思いません。プレッシャーがなく子供の頃のようにゴルフを楽しむ感覚を持てれば素晴らしいショットが打てるはずなんです」

波乱万丈なゴルフ人生を歩んできらからこそ辿り着いたグリフィンの人生哲学。それはゴルフを楽しんでこそ結果が出る、というもの。

昨年の目覚ましい活躍は「ノープレッシャー」の賜物だった。ライダーカップのメンバーにも選ばれシェフラーとの格差も少し縮まった。

しかしプレジデンツカップではポイントランク8位につけながらキャプテンピックを逃した。気の毒にも思えるが彼はさほど気にしていない。

「自然の流れに身を任せつつ、これからさらに(実績を)積み上げていけばいいと思っています」

「自分のキャリアを長い旅路だと考えています。まだ始まったばかり。この競技には浮き沈みがつきものでこれからどうなるか誰にもわかりません」

「ただ僕はこれまでの経験から『プロセスを信じる』こと『不調な時期にあまり思い詰めないこと』をテーマにしています。そうしていれば流れは来ると信じているから」

2025年PGAツアー「メモリアル・トーナメント」では、最終日最終組でスコッティ・シェフラーと回り、惜しくも敗れたベン・グリフィンだが、その4年前までは住宅ローン融資担当者だった(Photo by Michael Reaves/Getty Images)

長い道のりのどこかでメジャーに勝てればいい。

「だって勝てない理由なんてないんですから!」

文/川野美佳

米サンディエゴ州立大学留学を経て1990年代から「週刊ゴルフダイジェスト」「Choice」を中心に執筆を開始。主な翻訳書に『タイガー・ウッズ私のゴルフ論』(テレビ朝日)『タイガー・ウッズ:もうひとつのインサイドストーリー』(日本ヴォーグ社)『ブッチ・ハーモンの勝者のゴルフ: タイガー・ウッズを育てた名伯楽』(小池書院)など。ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤー、トム・ワトソンなど海外のレジェンドゴルファーへのインタビューを多数行っている

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