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【素顔のジャンボ尾崎】<後編>「褒められたのは1度だけ」伊澤利光が語るジャンボの記憶

1970年のプロ入り以来、ツアー通算113勝という金字塔を打ち立てた“ジャンボ”こと尾崎将司。日本ゴルフ界の太陽として輝き続けた男の足跡を、今あらためて回顧する。後編では、ジャンボ軍団の一員としてその背中を追いかけ続けた伊澤利光に、往時を振り返ってもらった。

文/菅原大成

伊澤利光 いざわ・としみつ。1968年生まれ神奈川県出身。プロ入り後ジャンボ尾崎に師事、ジャンボ軍団の一員として活躍。レギュラーツアー通算16勝

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  • 1970年のプロ入り以来、ツアー通算113勝という金字塔を打ち立てた“ジャンボ”こと尾崎将司。圧倒的な飛距離とカリスマ性で我々を熱狂させた空前のゴルフブームの立役者が、2025年12月23日、旅立った。日本ゴルフ界の太陽として輝き続けた男の足跡を、今あらためて回顧する。前編では、週刊ゴルフダイジェストでかつて連載していた4コマ漫画「ジャンボくん」の一部を再録。担当編集者が当時のエピソードを語る。……

「ジャンボさんを初めて見た時
『この人には敵わない』と思ってしまった」

大学3年生で初めて出場した「日本オープン」(1987年、有馬ロイヤルGC)で、ジャンボさんの練習をロープの外から見たのが、最初でしたね。テレビの中だけで見ていたジャンボさんの印象というのは、まず「飛ぶ」というのと、「アプローチがうまい」ということで、この2つが突出しているから強いんだろうって、勝手に思っていたんです。ところが、目の前のジャンボさんがアイアンで見たこともないような球を打っていて、「ヤバイ、これはモノが違うぞ」と、正直ビビりました。その頃はまだ、大学を卒業して、プロテストを受けてぼちぼちうまくなればいいくらいの気持ちでいたんですが、それが一瞬で焦りに変わったのを覚えています。

「このままのんびり学生ゴルフなんかやっていて、果たしてこの人に追い付けるんだろうか」と。


それで大学は辞めてプロになることにして、飯合(肇)さんの縁でジャンボ軍団にも入れてもらって、ジャンボさんからはたくさんのことを学びました。多分、ジャンボさんがいなかったらプロとして頑張り切れなかったんじゃないかと思っています。ジャンボさんは、「一番になる人は臆病じゃなくちゃいけない」といつも言っていて、それがすごく印象に残っています。当時、あれだけ強かったのに、いつも「自分が寝ている間に誰かが努力して、追い越されているかもしれない」と思うから、それが不安だと言うんですね。強いからそう思ってしまうのか、そういう心構えだから強かったのか、ちょっとボクにはわかりません。

自分自身は16回優勝していますが、その中で一番記憶に残っている1勝が、2001年の「三井住友VISA太平洋マスターズ」です。最終日最終組で、初めてジャンボさんと回ることになったので、気合が入りました。ジャンボさんもその年は未勝利で、スタート前から「勝つぞ」オーラが出まくりでしたが、1番、2番と連続ボギーを打ってしまって、そこからはほとんど口を利いてくれなくなったんですね。それが、13番でボクのティーショットがフェアウェイに飛んだのを見て、「今日はお前が優勝だな」って声をかけてくれたんです。「まだ13番ですよ。早いんじゃないですか」と思いながらも、成長した自分を認めてもらえたような気がしました。

三井住友VISA太平洋マスターズ

伊澤が最も記憶に残っているのが、ジャンボと最終日最終組で優勝を争った2001年の三井住友VISA太平洋マスターズ。伊澤は優勝し、その年2度目の賞金王に輝いた

「何かひとつでも勝ちたかった。
“最多年間獲得賞金額”を
超えられたのは僕の誇りです」

その年は、ボクが2度目の賞金王になった年なんですが、最終戦の「日本シリーズ」で、ジャンボさんの「最多年間獲得賞金額」の記録を抜ける可能性が残っていました。ジャンボさんに恩返しするのに、何かひとつでも記録で上回りたいと思っていたんですが、年間勝利数や通算勝利数などではどうやったって届かない。なら「もうこれで超えられなかったら、何で超えるんだ」という気持ちでプレーしましたね。

「2人以内の2位タイ以上」というのが条件だったんですが、18番まで来た時点で自分も含めて2位タイが3人いて、どうしてもバーディか、「もしかしたらホールインワンが必要かも」と思って打ったショットが、カップの手前2メートル弱についたんです。ただ、ずっとジャンボさんの記録が頭にあったので、このパットは優勝が懸かっているときより緊張しましたね。カップインした瞬間は本当にホッとしました。

それともうひとつ、この年の「マスターズ」で4位に入ったときのことが忘れられません。日本にいるジャンボさんから国際電話がかかってきて、「おい、いー公(尾崎プロの伊澤プロの呼び方)、(テレビで)観てたぞ、コノヤロウ。よくやったな! 大手振って帰ってこいよ! お疲れさんな」って、興奮した様子で。めったに褒める人じゃなかったですからね、それはうれしかったですね。

褒められたのはたった一度だけ

「褒められた記憶はほぼない」という伊澤だが、マスターズで4位に入った時“だけ”は褒めてくれたという

月刊ゴルフダイジェスト2026年3月号より