【インタビュー】工藤遥加<後編>「プロアマこそ大切。ツアープロとして“魅せるプレー”はいつも意識しています」
週刊ゴルフダイジェスト
昨年3月、アクサレディスでツアー初優勝を遂げた工藤遥加。難関のプロテストに一発合格し、プロゴルファーとなってから4991日。「15年でやっと初勝利……何だか私らしいでしょう?」と話した工藤。引き続き話を聞いていこう。
PHOTO/ Yasuo Masuda、Hiroyuki Okazawa

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- 昨年3月、アクサレディスでツアー初優勝を遂げた工藤遥加。難関のプロテストに一発合格し、プロゴルファーとなってから4991日。「15年でやっと初勝利……何だか私らしいでしょう?」と話した工藤。はて、“私らしい”ってどういうこと? 練習拠点にしている茨城を訪ねた。 PHOTO/Yasuo Masuda、Hiroyuki Okazawa 工藤遥加 くどう・はるか。1992年11月1……
3年前あたりから歯車がかみ合ってきたとはいえ「それでも不安だらけだったんです。一昨年のQTが終わった頃、プロアマに出場した帰り道、車を運転していたらラジオからバラードが流れてきて。何だか『もう私は優勝できないんじゃないか』と思えてきて、一人ボロボロ涙を流しながら運転したこともありました」。
大きな支えは、やはり中島コーチだ。自宅のある横浜から茨城に引っ越す準備中で「茨城まで通う時間がもったいないし、車の運転で疲労するのももったいない。試合で予選落ちしたら、すぐに先生のところに戻って、見てもらえるでしょう。悩んでいる時間を技術を磨く時間にしたいんです」と言う。
悩む工藤に中島を紹介した香妻は「二人は何だか合いそうと思った」と言うが、工藤は「先生は『こうしろ』とは言わない。私が『こうしたいんですけど』と尋ねると答えてくれる。先生ご自身がプロとしての経験豊富なので、私もイメージがしやすいんです。私が『平均ストロークを70から69に持っていきたい』と話したら、技術面ではこういうことが必要、マネジメント面ならこういうことが必要と分けて話してくれるし、こういう練習をすればこの課題が埋められるね、みたいな会話ができるのがいいんです。きれいなスウィングにしてもスコアが良くなるわけじゃないけど、スコアが良くなるためのスウィングにはしなきゃいけないじゃないですか。そういう会話をポンポンとできるのがいいなって思いました」
一方、中島は最初に工藤のゴルフを見て不思議に思ったという。「なんでこれで勝てないんだ。もう何勝していてもおかしくない気がする」と。しかし、同時に中島は「自分の持っているものを出せれば勝てるなと、すぐに思いました」。当時の工藤は自身のポテンシャルを発揮できていない状態。「自分で自分を抑え込んでいる感じがしました」と中島。工藤も「その通りで、いつも『あれはダメ、これはダメ』という考えで、じゃあスウィングはどうすればいいのって感じになっていたんです」。自身で自身をがんじがらめにしていたのが工藤で、それをほどいてのびのびとプレーできるようにしたのが中島。

師と仰ぐ中島弘二プロと。「こうしなさい」と言わない師匠だ
シーズン中の夕方、中島は大忙しだ。「試合中の疑問点とかを先生にどんどんメッセージや動画で送っちゃうから」(工藤)。時に大変具体的で、例えば「何番ホールの何打で、私はこういう球を打ちたかったからこういうアドレスを取って、ここに気を付けてこう打ったら、こういう軌道になって、それが風でズレてこういう軌道になった。明日の予報で風が変わるから、引き続きこの打ち方でいこうと思うけど、どうでしょうか?」というふうに尋ねる。中島はメッセージや電話で答える。「こうやって疑問を自分からぶつけてくれる選手は教えやすいですよ」と中島。工藤の質問は、試合の時だけにとどまらない。
「プロアマで気になるプレーがあったら先生に聞きます。いや、プロアマこそ大切なんです。ツアープロとして呼ばれているんですから“魅せるプレー”をしなければ。責任感はやっぱりありますよ」
「ツアープロとしての責任感」は、工藤の口から出た言葉だが、のびのびとプレーしつつも責任感は常に心の中にある。
「2025年にアクサレディスで優勝できましたが、これは主催者推薦枠での出場でした。推薦枠を取るのも容易じゃないことはわかっていて、スポンサーの皆さんや時には父が頭を下げてくれることもあった。ただ、30代になってからは推薦をもらうために父には頭を下げさせちゃいけないというか……自分の培ってきた人脈の中でやっていくのが筋だと思うので、今はそうしていますね」。いいプレーで“魅せる”のはもちろんだが、プロアマで一緒に回った人、お世話になった人には手書きの礼状で謝意を伝えている。


主催者推薦で出場が決まったのは「アクサレディス」開幕のたった4日前だった。最終日は首位と1打差の3位タイからスタートし、ノーボギーの67で逆転優勝を決めた
“手書き”するのは手紙だけではない。3年前から年ごとの目標を立て、紙に書き出している。2025年は「日々成長」で、2026年は「志高く」。「目標を立てていないと毎日の方向性が変わってしまうから」。1勝したからとて、安心しているばかりではない工藤の心持ちがうかがえる。
ちなみに、工藤の父・公康氏は監督を退任時に“今後の目標”を紙に記していたそうで、そのうちの一つが「遥加を優勝させたい」だったという。ただ、父の思いは、勝つことだけに向けられたものではなかったのではと工藤は考えている。
「最近ゴルフが楽しいなと思えるようになってきたんです。プロとしてやってきて、つらい、やめたい、でもやめられないみたいな気持ちには何度もなったけれど、その先にある“楽しさ”にやっと気付いてきた。父が教えたかったのはコレかもしれないなと今は思えます」
中島が評す。
「工藤プロは、自分がどこにいるのか見えている。どの段階にいて、その1段上に目標設定できるんです。自分のいる段階のはるか上を目標設定にする選手が多いんですが、それだと達成できないうえ、本来の実力すら出せない。技術とかメンタルとか優れたところはたくさんありますが、そこは特にすごいと思っています」
「アレはダメ、コレはダメ」の呪縛から解き放たれ、工藤遥加は2026年、志を高く、上へ上へと枝葉を伸ばしていく。

父親(工藤公康氏)からは、子どもの頃から何でも「自分で考えなさい」と言われて育ったという。「それが今のゴルフにつながっているかも。あと、ゴルフだけうまくてもダメだよというのも言われましたね」
週刊ゴルフダイジェスト2026年2月17日号より


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