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【名手の名言】大岡昇平「“ゴルフバナシ”は、人前、とくに列車の中では絶対にしないことを申し合わせている」

GDライブラリ
2025.07.08

レジェンドと呼ばれるゴルフの名手たちは、その言葉にも重みがある。ゴルフに限らず、仕事や人生におけるヒントが詰まった「名手の名言」。今回は戦争と人間の本質を見つめた知性派作家であり、ユーモアと謙虚さを兼ね備えたゴルファーでもある大岡昇平言葉をご紹介!


“ゴルフバナシ”は、
人前、とくに列車の中では
絶対にしないことを申し合わせている

大岡昇平


大岡昇平は、『俘虜記』『野火』など戦争をテーマにした重厚な作品で知られる作家であり、一方で『ゴルフ 酒 旅』など洒脱なゴルフエッセイを手がけるユーモリストでもある。そんな彼が口にした表題の言葉には、趣味の熱にまかせて公共の場で語りすぎた先の恥と礼節への配慮が込められている。

軽井沢への往復でゴルファーたちが車中をにぎやかにするのを、大岡自身も経験したという。しかしその興奮が、「聞かされる側からすれば白けるほどの騒音」に他ならないことに、評論家の冷たい視線によって気づかされたのだ。

ゴルフは当時、貴族趣味の象徴とされており、声高に語るほど聞き手には退屈さを与えてしまう。「自分たちの趣味で盛り上がるのは構わないが、それを全く趣味としない人に向けて熱弁を振るうのは迷惑でしかない」という自戒を込め、その場で「ゴルフバナシ禁止令」を決めたという。

趣味は仲間との共有が楽しいものであるが、公共空間では話し手は主役にはなれても、聞き手は作品の「観客」ではない。押しつけられる熱意は、「共感」よりもまず「騒音」として届く。マナーとは相手の存在も重んじる行為であって、自分の感情を抑える節度の表出でもある。大岡はその視線を持ち続けることこそ、「趣味人としての教養」にほかならないと悟ったのだ。

決して「趣味を隠す」というわけではない。熱中する姿勢は尊い。しかし他人がその話題に興味を持っているかどうかは、話す側が決めるものではなく、少なくとも空間を共有するすべての人に配慮が必要である。SNSやチャットが普及した現代でも、言葉の洪水に置かれる相手にとっては、大岡の「列車の中で語るな」という戒めは痛烈に響く。趣味とは人と人をつなぐ架け橋でありながら、同時に距離感を失えば一方的な音声になりかねない。

大岡昇平のこの一言には、「ゴルフ好きなら、より深い教養と節度が必要だ」という人生の指針が詰まっている。自分が楽しむだけでなく、他者の心地よさを思いやり、さりげなく自制できる人。それこそが「趣味を愛する者の真の礼節家」なのである。

■大岡昇平(1909~1988年)

おおおか・しょうへい。東京生まれ。京都帝大仏文科卒業後、川崎重工など国策会社に勤務。1944年、召集されフィリピンへ。翌年米軍の俘虜となり、その経験を『俘虜記』に描き、作家に。他、『野火』『レイテ戦記』の戦争をテーマにした小説、『武蔵野夫人』『花影』『事件』など恋愛もの、推理ものなど著書多数。ゴルフも好きで『アマチュアゴルフ』『ゴルフ 酒 旅』などエッセイも。1971年、芸術院会員に選ばれたが辞退。この謙虚なる人生観は、葬式も行わず、墓名には大岡家の名こそあれ、昇平の名前はないことでも顕である。